AGA(男性型脱毛症)の雑学

男性型脱毛症

AGA(男性型脱毛症)の雑学

映画スターとハゲ=AGA(男性型脱毛症)

昔はオードリー・ヘップバーンの髪型をまねたヘップバーンカットが一世を風扉したりして(『週刊新潮』の表紙絵で有名な谷内6郎は当時『銀座街頭ランプ煌々と令嬢らこぞってオドリヘップパン風にせり』という短歌を作っている)、ファッションの流行は映画から、という風潮があった。
現在は残念ながら、映画にはそのようにトレンドを左右する力はなくなっているようだ。
それでも、たとえば、若くして死んだリバー・フェニックスの、前髪を長く垂らした髪型が少女マンガにかなり広く普及したり(これについては、いや、リバーのほうであのような髪型を真似したのだ、という意見もある)、やはり映画スターの髪型は、ファンにとってはさまざまな影響を与えられるものであるらしい。
別項のなかで、自分から髪を剃って人気を博したスターの例として、ユル・プリンナーとテリー・サバラスをあげたが、剃ったのではなく、本当にハゲてしまったスターとしては、リー・ヴァン・クリーフとショーン・コネリーの2人が有名だろう。
リー・ヴァン・クリーフはマカロニ西部劇のスターとして1960年代に売り出した。そのころからすでに髪の毛はあやうく、そのためかいつでも帽子を愛用していた。しかし、細面にロヒゲ、脂ぎったその容貌には、逆に薄くなった髪も魅力のひとつとなり、ガンマンにあこがれる青年、ジュリアーノ・ジェンマにガンの手ほどきをする老ガンマンを演じた『怒りの荒野』などでは、ハゲあがった後頭部を強調していたりした。やがて、前額部に残った髪も完全にハゲると、今度はそのツルツルした頭を露出するようになり、『ニューヨーク1997』やテレビの『忍者マスター』などでは堂々とハゲを現わしていた。晩年に出演したサントリーのCMなど、実にいい味わいを出していた。死ぬまで、カツラでハゲをかくす、というような姑息な手段を使わなかったのはエライ、といえる。
一方、ショーン・コネリーは説明するまでもなく007/ジェームズ・ボンドが初期の当たり役だが、あのころからカツラを愛用していた。しかし、プライベートではカツラをとって平気でいたというから、カツラ着用はボンドのイメージを大事にしたプロダクションの要請だったのだろう。
ボンド役を降りてからは、ハゲをこれまた堂々と露出するようになり、オードリー・へップバーンと共演した『ロビンとマリアン』ではやはり薄い後頭部を強調して撮り、完全にハゲあがってからの『アンタッチャブル』でついにアカデミー賞を受賞した。『薔薇の名前』の修道士役はハゲなんだか剃っているのかわからなかったが。ひさしぶりにボンド映画にカムバックした『ネバー・セイ・ネバー・アゲイン』や『レッド・オクトーバーを追え!』では、やはりカツラを使っていたようだが、最近の映画では、ハゲを露出したときのほうがいきいきとしている印象だ。
この2人は、年輪を感じさせる男の魅力を、ハゲがよりいっそう深めていたいい例だろう。
しかし、彼らより前のスター、たとえばジョン・ウェインもフランク・シナトラも、実はハゲていたことがわかっている。彼らがAGA(男性型脱毛症)を露出できずにカツラでごまかしていたことを考えると、少なくともアメリカやヨーロッパでは、近年になってハゲが男の魅力として認知されてきたといえるだろうと思う。
スターと髪型
美容院に行くと、必ずといっていいほど人気スターのヘアスタイルの載ったヘアカタログといわれる類いの本が置いてあるし、「ご希望は?」と言われて、そのカタログのなかのスターの写真を示して、自分のやってもらいたいヘアスタイルを指定したりする人も少なくないだろう。また、近頃では出版社も心得たもので、
雑誌の表紙に『そのまま美容院に持って行ける本』という文字が踊っているものまである。
スターは一般人のおしゃれの模範としての役割があるのである。
では、過去にはどのようなスターがヘアスタイルで話題になったのだろうか?
まず、影響の大きさで最初に思い浮かぶのはやはり『ローマの休日』で断髪シーンを演じたオードリー・ヘップバーンだろう。美しい髪をバッサリと彼女が切ったとき、それに憧れた世界中の女性たちもバッサリと髪を切った。それ以来、ファッションモデルの髪型の主流までがショートヘアになってしまった。
さらに、女性たちの髪を短くさせたのはジーン・セバーグ。その主演映画『悲しみよこんにちは』で見せたベリーショートのヘアスタイルはセシルカットと呼ばれ、日本の女性にも大きな影響を与えた。セシルカットに関する余談だが、当時日本でテレビ放映されていた大人気番組『ウルトラQ』のヒロイン・江戸川ユリ子の髪型が突然セシルカットになったことがあった。それはユリ子役の女優・桜井浩子が、この映画を見て感銘をうけ、助監督が必死で止めるのも聞かず、どうしても、とゴネて切ってしまったのだという。
金髪の美しさで一躍スターダムにのし上がったのはマリリン・モンロー。それまで淑女のイメージとされていた金髪を、アニタ・ルース原作の映画『紳士は金髪がお好き』で、官能的なものヘガラリ変えてしまったといわれている。ただ、そのタイトルから金髪以外の女性に顰蹙を買い、同映画会社ではあわてて『紳士はプルネット娘と結婚する』というタイトルの映画を製作したというエピソードが残っている。
金髪といえば、アルフレッド・ヒッチコック監督の金髪マニアぶりは有名で、金髪以外の女優にまで髪を金髪に脱色することを強要するなど、金髪にこだわり続けた。グレース・ケリー、キム・ノヴァク、ジャネット・リー、ティッピ・ヘドレン……なるほど、ヒッチ映画のヒロインは金髪美人のオンパレードだが、脱色していたのは誰?
ちなみに、マリリン・モンローも実は金髪ではなく、褐色の髪だったがプリーチして金髪にしていたのだという。
テレビ時代のタレントに視点を移してみると、『チャーリーズ・エンジェル』などが有名なファラ・フォーセット・メジャーズぐらいだろうか。そのセクシーポスターは何万枚と刷られ世界中で男性の熱い視線を浴び、それが発端になって女性の間にも、風になびいたような形のファラカットを流行らせた。
さて、近年の状況だが、これといったスターを真似たヘアスタイルというのはブームになっていない。ジョディ・フオスター、シャロン・ストーンといったスターは生まれているのだが、なぜそういった現象が起きないのかといえば、近頃のスターが、どちらかといえば同世代に身近さを感じさせる存在になっているかららしい。ムーブメントを創造していくのでなく、逆に一般人の間で広まっている髪型を、スターが取り入れる時代なのである。なにか、寂しい気もするのはなぜだろう。
テレビCMや雑誌広告などを観ると、いまだにオードリー・ヘップバーンの映像が使用されたりしているのを見かける。彼女のように、世代を超えて影響を与え続けているようなスーパースターはもう生まれないのだろうか。

ハゲ=AGA(男性型脱毛症)とファッション

「オレは髪がこんなに薄いから、どんなおしゃれをしたって似合いっこない」と思っている方はいませんか? ハゲが暗いイメージでとらえられるのは、実はこういう
マイナス思考の人間が多いせいなのだ。大丈夫、ハゲだって、ちゃんと人からカッコいいと思われるおしゃれがある。
それはいったいどんなファッションか?
ここではまず、
「ハゲていて、しかもお洒落な人がどのようなファッションを着こなしているのか」ということを考察してみよう。
一般的に、頭の毛が薄いからといって特定のファッションに身を固めているとはいえないのは当たり前のことである……が、アパレル関係者に取材するうち、いくつかの興味深い証言が得られた。
かつて都内某有名デパートの紳士服売場でスーツを販売していたK氏の証言である。
「理由はわかりませんが、ハゲている人は、客、業界人を問わず、どうもトラッド系の人に多いような気がするんです」
彼が働いていた紳士服フロアでは、高級イタリアものからボリューム(比較的安価なビジネススーツ)まで、ありとあらゆるスタイルのスーツを扱っていたが、髪の薄いお客をよく見かけるのは、決まってトラッド系の売場だったらしい。
そればかりではない。いくつかのブランドの春夏・秋冬新作発表会に顔を出した際、そこに集まっている業界人においてさえ、パゲている人の割合は、トラッド系ブランドに多く見られたというのである (やはりハゲてる人は目立つから、みんなよく覚えていてくれる)。
この証言に近いものは、ほかの何人かのアパレル関係者からも得られるらしい。
トラッドとは「トラディション」、つまり「伝統」とか「しきたり」を表わす語から派生した言葉。言い換えれば、様式を重視した、正統派のスタイルだ。
なぜ、ハゲている人はトラッドが好きなのか? 抜けた髪の本数と保守的志向はパラレルなのか?
さるブランドメーカーの販売担当の女性はこう分析する。
「いま、髪の毛が薄くなっている世代の、最初に受けたトレンドの波がトラッドだったからじゃないかしら。ホラ、30代半ばから40代の人たちが若いころには、石津謙介さんのVANが一世を風扉したでしょ?・ 今、ハゲる年齢に達したおしゃれな入って、若いころにほとんどトラッドの洗礼を受けてるのよ。トラ″ドってスタイルを変えないっていうガンコな面も特徴だし・・・」なるほど、考えてみればそのとおり。かなり説得力のある推理ではあるが、本当にそれだけの理由なのだろうか?
この秘密を探るため、取材班はあるブティックの取材をした。この店は、銀座のど真ん中にある。扱っている商品は、いわゆる高級でハイセンスな紳士服。パリ・コレの常連でもある有名オートクチュール・デザイナーのショップである。スーツの値段はバブル崩壊後に引き下げられたとはいえ、現在でも一着7万円代後半から十万円弱と、そう簡単に買えるランクではない。にもかかわらず、常連の顧客だけでも8百人を超えており、その年齢層も20代半ばから60代と幅広い。
店長のKさん(44歳)はこの道25年のベテラン・コーディネーター。髪の毛が薄くなった人にも似合うファッションとは何かを尋ねてみると、
「お客様の髪の毛が薄い、という点を意識したことはありませんね。こちらからお勧めするケースでの服選びは2段階に分かれます。外見から判断するときには、第一にその方のクラス、すなわちいままでどの程度ファッションにこだわってきたか、ということをその場での着こなしで判断します。2番目に体形。第3にお顔色から考えられる服の色選びとなります。髪の毛の多い少ないは重要ではありません」
では、髪の薄さとファッションとはまったく関係ない?
「こちら側の意識にはないのですが、お客様方には共通するこだわりがあったようです。髪の毛の薄い方はネクタイやベルトといった小物のおしゃれにかなり凝ることが多いんですね。胸元やアンダーのアイキャッチを大切にすることで、頭になるべく視線がいかないように、と配慮した着こなしが多く見受けられました」
なるほど、やはりみんな考えている。では、あえて髪が薄ぐなった人にアドバイスするとすれば?
「ぜひともご自身のスタイル、テーストに合った着こなしを発見していただきたい。服はすなわち人格。われこそは、という気持ちで洗練された服を着こなしたとき、ハゲていようがいまいが関係なく、すてきなライフスタイルを実現できるのではないでしょうか。そのためには、先ほどあげた服の選び方が、いい指針となると思います」
具体的には、どんなスタイルがお勧め?
「最初はベーシックななかにもセンスの光るタイプがいいでしょうね。スーツは紺のダブル。ペンシルストライプで胸ポケットに白のチーフをのぞかせる。シャツはブルーに白のクレディックで襟はワイドスプレッド。ネクタイはペーズリーやドットなどのオーソドックスな柄。
靴は茶系かダークワインレッド系のプレーントゥ。いわゆる英国紳士気取りの典型的スタイルがお勧めです」
これこそまさにトラッド・スタイル。やはり、髪の薄い人にはトラッドがよい、という結論なのだろうか。
髪の毛の薄い人はトラッド……という傾向には、何か秘密かありそうだ。この秘密に迫るヒントとなるのが、先に紹介した銀座のブティックの店長からの証言である。「全員に当てはまることではないのですが、髪の毛が薄い人には、その人が服装にまったく無頓着である場合、ふけて見えるという印象があります。そのため、自然と理想の着こな
しは、若々しい印象のあるファッションをこぎれいに、ということになります」
若々しくて、こぎれいなファッションとは、ワイルドさや、ときにルーズさをも演出するイタリアものよりも、やはりきちっと清潔に着こなすトラッド系のほうがイメージしやすい。
では、カジュアル・スタイルについては。
若者向け超人気デザイナーとライセンス契約しているファッション・メーカーの社員で、自らも店頭に立った経験を持つ、Aさん(29歳)はこう語る。
「髪の薄い人が選ぶカジュアル・ウェアには、あくまでファッション・コード(着こなしの決まり)を外さない範躊で個性を発揮する、という傾向が見られます。ボトムにはチノパン、シャツはチェック柄とベーシックな合わせなのですが、パステルカラーや原色を基調としたものなど、配色の点で明るいものを選ぶ。周囲から決して突出しない自然体を演出しながらも、意図的に計算された飾らないオシャレにこだわるんです」
ご記憶の方も多いだろうが、ジュビロ磐田に入団したスキラッチ選手は、入団発表の記者会見で、イタリアもののスーツをばっちりと着こなし、日本女性のため息を誘った。また、かの『ゴッドファーザー』でドン・コルレオーネのおかかえ弁護士に扮したロバート・デュバルは、迫力あるハゲ頭でイタリアもののスーツをセクシーに着こなしていた。自分のスタイルを確立し、アイデンティティをしっかりともったタイプの場合には、それこそどんなスタイルの服装でも似合ってしまうのではないだろうか。
最後に、このAさんから得た非常に興味深い証言を紹介しよう。
「自然体と言いましたが、これは何も受け手の側だけのことではないんです。これまで、ファッション界では完璧に構築されたものがもてはやされてきました。その結果、服が着る人を選んでしまう、という弊害は避けられなかった。つまり、服装は着る人の印象を形作る鎧のような存在だった。そんな考え方がここI、2年のうち崩れつつあるんです。ショーにおいても体形のよいモデルを使わず、普通の人を起用する。背の低い人も、太った人も、もちろん髪の薄い人もいます。構築され、追求された美はどうしても画一的になってしまう。それぞれの個性を活かせるような、着る人が自然体でいられるようなナチュラル志向こそが今後のファッション界の主流となっていくんですよ」
うーむ、少なくともこれからのハゲた人のファッションとは、薄い髪には何が似合うのか、ではなく、髪の薄さも含めて自分の個性をどう表現し、昇華させていくのかを考えて装うことのようである。

マンガのなかのハゲ=AGA(男性型脱毛症)

若い世代のハゲをテーマにした作品といえば、何といっても講談社『YOUNGマガジン』に連載された、高倉あつこの『ハゲしいな!桜井くん』だろう。
高校から大学受験という時期の、精神的にもいちばん不安定な状態のなかで、主人公の桜井くんが自分の薄い髪の毛(父も兄もハゲの系統なのだ!)を気にしつつ、くりひろげられるドタバタ劇は、いままでマンガで取り上げられていなかった領域を開拓したという意味で大きく評価される。その後、カツラメーカーのCMにこの作品が使用されたのも当然という以上に当然のことだ。
しかし、長期連載で髪の毛をずっとテーマにしていくというのはやはり無理があるようで、大学に主人公が入学してからは、いくぶん、ストーリーに無理が出てきたのが残念だった。
さて、それ以外にマンガのなかでハゲが特徴のキャラクターといえば、やはり『おそ松くん』に登場するチビ太が筆頭にあげられるだろう。段々あたまに毛が一本。手にはオデンの串を持ったチビ太のスタイルは、このマンガが連載されていた昭和40年代の子供の姿をひ
とりのキャラクターのなかに凝縮したようなものだった。そういえば、後のマンガで常套的テクニックとして使われる、ハゲ頭に光沢を描き入れる、というギャグも、このチビ太が定着させたのだった。
しかし、実はこのチビ太も、最初からハゲていたわけではない。最初に登場したときのチビ太は、ちゃんと頭に髪の毛があったのだ。服装も、その後のチビ太よりは少しいいものを着ていて、ちょっとひねこびた子供の役柄だった。もちろん、オデンも持ってはいない。チビ太の頭に毛をなくしたのは、作者の赤塚不2夫が、チビ太のなかにあふれんばかりにわきかえっている強いものへの反抗の精神を、ハゲ頭に託したからだ、といわれている。チビ太は体はだれよりもチビだし、オデン以外に何も持っていない。眠くなればドラ猫といっしょにドカンのなかで寝る、町の自然児だ。しかし、正義感が強く、不正は決して見逃さない。もちろん、ときにはいたずら心がそれを上回ることはあるけれど。
そんな彼の八方破れのエネルギーを、作者はテカテカに光るハゲ頭で表現したのだろう。
チビ太には、モデルがいるそうである。作者が少年時代、よくいじめていた近所の少年で、遊びの仲間にまぜてもらえず、いつも作者の後をついてきていたそうだ。ある日、作者がハトのフンを彼に食わせ、うまいといったら遊んでやる、というと、彼は必死でそれを食って、うまい、といったという。
こういうガキ大将たちがまだ活躍していた時代の子供すべてのイメージとして、チビ太は永遠に、読者の心のなかに残るだろう。
劇画では、サブキャラクターであるが、雁屋哲原作・池上遠一画の学園アクションドラマ『男組』で、主人公・流全次郎の参謀格であるIQ180の超天才・伊庭彦造が印象的である。日本銀行から金をだましとるほどのサギの天才でありながら、流全次郎の男気に惚れてその配下になるという設定がよかった。この大河ドラマは、流が死を決して政界の黒幕の元へ刺客として斬り込むところで終わっている。流はその後事を伊庭に託した。伊庭がその後どう、黒幕たちと戦っていくか、続編をぜひ、読んでみたいところだ。
パンチパーマの謎
丸型アイロンを使って、短く刈り込んだ髪をウェーブさせた髪型がパンチパーマである。パンマなどと呼ばれて一般化しているこのパンチパーマ。ヤーサン系統に大変人気があるあの髪型の最大のナゾは、
「あれを果たしてヤーサンたちはカッコいいと思ってやっているのか?」
ということだと思う。もともと、ヤーサン関係の髪の毛は5分刈り、スポーツ刈りが基本であった。日本のヤーサンは土建業、港湾業とつながって発展してきたものであるだけに、そこの労働者の髪型が基本形だったのである。しかし、時代とともに、ヤーサンもオシャレになってきた。頭もそれなりにオシャレをしたい。かといって、髪を長くのばしてデレデレするのはヤーサン道に反する。そこで、迫力とオシャレを両立させる手段として、昭和50年代あたりから、ヤーサンにあのようなパンチパーマが流行しだした。
パンチパーマというのは和製英語である。パンチとは、「パンチの効いた音楽」などという意味で使われる、あのパンチである。黒人のアフロヘアをたぶん意識して考案されたヘアデザインだ。しかし、実はこの髪型、日本人にはもともと、あまり似合わない。もともとが直毛人種の日本人がこの髪型にすると、髪がかなり頭にビシッと貼りついた格好になり、なにかヘルメットでもかぷっているかのような印象を与える。頭が重く感じられるのである。
顔の造形が淡泊にできている日本人には、顔と髪型がアンバランスなのである。要するに、よっぽど黒人系の、目鼻のつくりが大きい人間でないと似合わない髪型なのだ、あれは。
しかし、パンチパーマの名に恥じず、この髪型は相手にパンチを効かせる、つまり、迫力で圧倒させるための髪型といえる。
また、ヤーサン業界(?)では、カタギの衆と自分たち仁侠の世界の人間を区別する必要がある。派手なガラシャツも、背中の彫り物も、すべては自分たちが一般社会からのはみ出し者、アウトローであるという意思表示なのだ。パンチパーマも、そういう、ヤーサンの商標のひとつとして、広まっていったものであろう。
最近の傾向だが、ヤーサンファッションはキッチュ好みの90年代に入って、若者層にその感覚が真似されてきている。そのうえ、まっとうな社会人のおじさんたちにまで、パンチパーマが流行しだしている!
これは別にふつうのサラリーマンたちがヤーサンにあこがれているわけでなく、あのパンチパーマが、少ない髪で、より広範囲の頭皮を覆うのに有効である、ということがわかった
ためらしい。なるほど、そういえば、ヤクザで薄ハゲというのはあまり見たことがない。あれは、このパンチパーマのせいだったのか。しかし、こういうヤーサンファッションの一般人への流行、当のヤーサンたちは、いったいどう思っているんだろうか。

ハゲAGA(男性型脱毛症)=が好きな女性はいるか

清水ちなみ・古屋よし編の『OL500人委員会/おじさん改造講座』 (文春文庫)という本に、大変にポイントをついた発言があった。
「はげがはげと呼ばれ慣れていないから、はげがはげを隠さなければいけないような気になるんですよ」
なんか早口ことばみたいであるが、これはなかなかの名言。
なぜ、ハゲのひとはハゲと呼ばれるのがいちいち神経にさわるかというと、ハゲというのが後天的特質であって、人生のうちでいえばハゲていなかった時期のほうがはるかに長く、まだ本人自身はハゲと呼ばれることに慣れていないからなのだ。だから、もう、60を越した年齢の、いわゆる年期の入ったハゲのおじさんは、ハゲと呼ばれてもそれほど気にしない。自分がAGA(男性型脱毛症)である状態に慣れちゃっているからだ。また、世の人々も、それなりの年代でハゲている人をハゲとはあまりいわない。
ハゲと呼ばれて気になるハゲは、いまだ未熟なAGA(男性型脱毛症)なのである。
しかし、未熟ということは、人生にまだミエを残しているということで、当人たちにとってはかなりつらいことであるといえる。特に女性問題に関するミエ状況は、ハゲの場合、極端に悪化するといっていい。
先のOL500人委員会でも、ハゲに対しては非常にきびしい意見(というより感情)が吐露されている。
「すけべそう」「脂っぽい」「光っている」「生理的にいや」「人生が暗い」
などなど。ただでさえ未熟者のハゲに対し、この無慈悲な、ハキ捨てるような言葉を見るにつけ、女性って残酷なんだなあ、とおぞけをふるってしまう。
ただし、救いは、500人のOLのうち、わずか3人ではあっても、ハゲが好き、という女性がいたということか。理由は、
「はげに悪い人はいません」「なんとなくいい」「スキンヘッドはカッコイイ」
だそうである。うーん、あまりはげましにはなっていないか。
ちなみに、筆者(唐沢)がいつも帽子をかぷっているのは、キャラクターを固定するための一種の手段なのだが、以前、マンガ家の西原りえこさんに、何で帽子をかぷっている、と聞かれ、冗談にハゲ隠しだ、と答えたら、彼女に怒られた。
「あたしはハゲでデバラでなくては男と認めないのに、それを隠すなんて男の風上にも置け?ん!」
そんなことはそっちの勝手じゃねえか、と思ったものの、世の中にはこういう趣味嗜好の女性(それも美人)がいるんだな、ということがわかって、非常に興味深かった。
全国のハゲ、デバラのおじさん、希望を捨ててはいけませんぞ!
東京光頭会
あの国民的マンガ『サザエさん』の磯野波平氏がTTKこと〈都下禿頭会〉なる妙な会の会員なのは有名な話だが、実際に、ハゲを自慢する会が実在するのをご存じだろうか?その名も〈東京光頭会〉。
ハゲとはいわず光頭会と名乗るこのシャレた親睦会は、俳人・野村秋光子氏の呼びかけで、その俳句仲間を中心にして結成され活動している。
60代、70代を中心に、上は80代から下は50代までの、やはりご高齢の方たちが主なメンバーだ。
主な活動内容はといえば、新年会、そして、年に一度の光頭コンクールと、ピカリンピックと称する4年に一度の全国コンクール。
年に一度おこなわれる光頭コンクールは主に東京を中心にした関東近県の会員が清澄庭園大正記念館に集まり、名士の方々や俳句の大先生を審査員にして、その年の光頭ナンバー・ワンを決めるというもの。基本的に審査員は光頭ではない方を選び、審査員だけは審査のために直接お手を触れることを許されているそうだ。審査基準はほかにツヤのよさ、頭の形、そしてその人の品のよさまでもが基準となっているというからナカナカ厳しい。
現在の光頭会の会長である、稲田亀太郎さんは初参加の第3回大会を皮切りに、過去3回の優勝経験を持つヒカリモノ……いやツワモノだ。
一方、ピカリンピックはといえば、その対象地域を全国に広げ、第一位の日本1光頭大賞1名、第2位の日本光頭輝賞一名、第3位の日本光頭賞5名を決める。ただし、これがナカナカ大変なのだそうだ。とにかく、頭がみごとに禿げ上がっている方々たちだから、かなりのご高齢の方々がほとんどのため、おいそれとは東京まで上京することができない。過去に昭和60年の第3回大会では青森県八戸市から参加されて、みごと優勝された方がいらっしゃったが、残念ながら現在ではご他界なさっている。海外にもヨーロッパでハゲコンクール世界大会というのがあり、この東京光頭会にも出場の打診があったそうだが、これまた高齢だということがネックになり、家族の心配により断念せざるを得なかったそうだ。もっとも稲田会長はひとりでも乗り込む意気込みだったそうだが。
残念ながら、高齢の方が中心の会だけに、近ごろでは体調不良等の方もチラホラ出てきて
いて、結成当初77名を数えていた会員数も28名と減ってしまったため、ここ3年ほどは光頭コンクールも休会となってしまっているとのこと。現在では、ときたま来るテレビ
局からの出演依頼などがあったときぐらいにしか集まる機会がなくなってしまっているそうだ。
みごとなハゲ頭の方と出会ったときに入会を勧めてみるのだそうだが、「バカにすんなl」といわれることもしばしばあったという。なかなか粋な同志を集めるのも大変なようだ。粋のわかる貴方を東京光頭会は待っています。光頭者よ! ここに集え!
 

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