「隣人は、家電好き。」プロローグ

「引っ越し、妄想、のち出会い」

 サクラサク。そして、私は家を出た。高齢化社会の最先端みたいな人口比率で、もちろん消滅可能性都市にもばっちりランクインしてて、デパートどころか、イオンもセブンも何もない、そんな退屈な村を出た。退屈な受験勉強も、この村を出るための試験なんだ、と思えばいくらでもがんばれた。合格通知だけが、東京へ行けるパスポートだったのだ。
 そんな私にとって、東京でのキャンパスライフは、自分の人生はこれから花咲くんだ、というくらいの生きていく希望だった。新歓コンパ、サークル、バイト、原宿で買い物、テレビで見ていたアノ夢の国…。やりたいこと、行きたいとこをあげればキリがないけれど、何よりもうれしいのが、一人暮らしだ。うるさい親もいない、何時に帰っても怒られない、部屋を散らかしたって、誰を連れてきたって自分の自由だ。ひょっとしたら隣人と…ムフフ。そんな妄想を膨らましながら、ようやく荷ほどきも終わり、ひととおり設置した家電たちの試運転をしてみた。

 テレビよし!パソコンよし!冷蔵庫よ…し?あれ?冷たくない!?冷えてない!!なぜ?どうして?いやだどーしよー!?これでは大好きなアイスクリームが溶けちゃうじゃない。いやいやいや、それどころか、食料とか飲み物とか、どうすんの?グゥ〜…。途方にくれていても、人間お腹は空くものだ。とりあえずどっかお店で腹ごしらえ。
 しょんぼりと玄関を出ると、そこになんと隣人さん。早くも初顔合わせ。そして、さっきの妄想は、早くも崩れ去る…。黒に金のラインのジャージ…。あんたは何代目だ!と心の中でツッコミつつ、これから大学を卒業するまでここに住むかもしれないわけだから仲良くしなきゃ。満面の営業用スマイルで話しかけた。
「こ、こんにちは」
「…どうも」
 ぶ、無愛想…。女子から勇気を出して声をかけたのに…。そりゃ私だってたいして可愛くはないですけどね、もう少し反応してくれてもいいじゃないですか…。もういいや、ご飯買いに行こう。と通り過ぎようとした瞬間、あるアイデアが頭をよぎった。男の人なら、ある程度家電とか詳しいかも!
 その時の私は、このヒラメキが、まさか自分の大学生活をあんなにも変えてくれることになるなんて、夢にも思っていなかった。ただただ冷蔵庫をなんとかしたい、それだけだったのだ。
「あ、あのー」
「…ん?」
「か、家電とか詳しいですか?」
 勇気をだして聞いてみた。すると隣人さんは無言でポケットから何かを出して私に見せてきた。
「け…KY電機の店員さん!?」
 黙って頷く隣人さん。こんな無口で無愛想で店員なんて務まるんかい!と再び心の中でツッコミつつ、もう一度満面の営業用スマイルで隣人さんにお願いしてみた。
「あの〜、実はさっき引っ越しが終わって、ひととおり家電にスイッチ入れたんですけど、冷蔵庫だけがなぜか反応しなくて…」。
 私が“家電”の相談を持ちかけた瞬間、隣人さんは別人さんに変身した!

「○×△☆♯♭●□▲★※○×△☆♯♭●□▲★※○×△☆♯♭●□▲★※」
 なんと、ビックリするほどの勢いで喋り始めたのだ。しかも何やら専門用語らしき謎の言葉のオンパレード。早口なのと相まって、さっぱり理解不能。
 苦笑いで応戦しつつなんとか次の言葉を繰り出してみた。
「ちょ、ちょっと何を言っているのか難しくて私にはなんかよくわからないけど、詳しいんですね♡ちょっと見てもらえますか?」
「…」
 別人さんはすぐに元の隣人さんに戻って無言で頷いた。本気で二重人格を疑っちゃうくらいの変わりっぷりはこの際置いておいて、彼を部屋に招き入れた。あっ、初めての部屋に入れた男子がこの人…。仕方ない。背に腹は代えられない。冷蔵庫なしでは生きられない。それに引越し屋さんも男子だったし。と自分の中で変な言い訳をしていたら、隣人さんは黙ったままおもむろに冷蔵庫を開けた。手を入れたりして冷えてないことを確認する。
 次に、後ろや横を触っている。何やらブツブツ言っている。ギリギリ聞き取れるレベルのボリュームで。
「…あったかくない。…冷媒ガスが漏れてる?」
 そして今度は、冷蔵庫に耳をあてはじめた。なんか家電のドクターみたい。黒に金ラインのジャージじゃなくて、白衣を着ればひょっとしてカッコいいかもしれない?なんてね、それはないか。と一人ノリツッコミをしてたら、また例のボリュームでボソボソひとりごとを言っている。
「…聞こえる。…漏れてない。」
 なんだかよくわからないけど、直るの?直らないの?お腹は減ってるし、隣人さんは意味不明なことばかり言うし何より無愛想だし、いい加減イライラしてきたけど、怒りをこらえて聞いてみた。
「あの〜、直りそうですか?」
 その瞬間、再びスイッチが入った。
「○×△☆♯♭●□▲★※○×△☆♯♭●□▲★※○×△☆♯♭●□▲★※」
「ちょ、ごめんなさい、もう少しスピードを落として説明してもらってもいいですか?」
「…チッ」
 あ、いま舌打ちした!てめぇ〜!!こっちがおとなしく下手に出てるからって。くっそ〜冷蔵庫さえ動いてれば。ぐぬぬぬ。グッとこらえてもう一度お願いする。上目遣いで。
「素人でごめんなさい♡」
 こっちを見もしないで、今度はギリ聞き取れるレベルで説明を始めてくれた。
「冷蔵庫ってフツーは、背面か側面が温かいはずなんだ。放熱器ってやつが文字通り熱を出すからね。こいつが作動してないってことは、冷媒ガスが漏れているか、コンプレッサーが止まっているか、のどっちか。冷えない原因もどっちか。でも、冷媒ガスは漏れてない。水が流れるような音が聞こえるからね。なんで水が流れるような音がするかと言うと、冷媒ガスは液体になって流れることで冷蔵庫を冷やしてるだ。だから、その音が聞こえるってことは、漏れてないってこと。つまり、この冷蔵庫の故障の原因は、コンプレッサーってわけだね」
 しゃべるだけしゃべり、説明を終えた隣人さんは、ついにこっちを見た。それも、満面のドヤ顔で。
「それって、交換できるモノなんですか?それとも買い換えるしかないんですかね?」
と何気なく聞いてみた。ドヤ顔から少し目線をはずしつつ。その瞬間、隣人さんは黙って私の手を握り、強引に外へ連れ出し、ズンズンと駅へ向かい始めた。えっ?なに?なんなの?隣人さん、今度はどんな別人さんに!?っていうか、マジでどこいくのよ!

「ちょ、どこいくの?」
 思わず声がうわずる。食い気味に、隣人さんはボソッとひと言。
「…アキバ」
「へっ?アキバ??」
 アキバって、秋葉原のこと?えっ、一体何しにアキバへ?っていうか今から行くの?もうお外真っ暗なんですけど?っていうか冷蔵庫は?直るの?直らないの?あーそういえばご飯食べてないし…。ぐぅ〜。やべ、お腹なっちゃった〜。その瞬間、隣人さんがポケットからおもむろにメロンパンを取り出した。えっ、そんなとこにメロンパン入ってたの?全然膨らんでなかったような…。
「…」
 黙って私に差し出した。自分で食べるのかと思っていただけに、ちょっとビックリ。些細な優しさに、なんだいい人じゃん、と簡単に評価が変わる。
 女心と秋の空。食べ物のチカラは偉大だ。
「ありがとう♡」
 ありがたく頂戴し頬張る。ウンマイ。メロンパン発明した人って天才よね。最近までメロン味しないのになんでメロンパンって言うんだろう、って思ってたけど。夢中になって食べていると視界に缶コーヒーが入ってきた。顔上げると隣人さんが今度は缶コーヒーを勧めてくれている。っていうか、どこに隠し持ってたの?そのポケットは、ひょっとして四次元ポケット?アンタは何代目のネコ型ロボット?とこちらは隠し切れない動揺を見せつつ、なんとかお礼を言った。
「あ、ありがとう」
 無言のまま、車窓の景色は流れていく。そういえば、こっちに来て電車に乗るのも初めてだったなぁ〜。隣人さんにはいろんな初めてを奪われるなぁ〜、とぼんやりメロンパンを頬張りつつコーヒーをすする。ところで、秋葉原ってどこだっけ?と聞こうとした瞬間車内アナウンス。
「秋葉原〜秋葉原〜」
 えっ、近っ!アキバ近っ!私アキバの近くに住んでたの?超ビックリなんですけど!!私の驚きなんてなんのその、隣人さんはズンズン進む。人混みをかき分け、依然としてしっかりと私の手を握りながら。その時、私はちょっとドキドキしていた。でもそれは、恋なんかじゃない、と自分に言い聞かせるように、深呼吸をした。秋葉原のネオンがキレイだった。(続く)

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

    

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  • 2017.04.05

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