「隣人は、家電好き。」第一話

「アキバで恋する5秒前」

 AKBをアキバって読むのって、KSKで「結婚してください」っていうのと同じノリだよね。っていうか、どっちが元祖なんだっけ?なんて全然関係ない考え事をしていても、隣人さんはズンズン進む。ずっとわたしの手を握りながら。ずっと無言で。ここはどこなんだろう?駅を降りてくねくねと何度も曲がったりしてたから、もはやここがどこだかわからない。まさかこのままどこかに連れこ…いやいやいや、さすがに隣人さんはそんなに強引さんじゃないよね(汗)。なんてドキドキうつむきながら歩いていたら、ドンっって隣人さんの背中にごっつんこ。
「あっ、ご、ごめんなさい」
「…着いた」
「ふぇっ?」
 我ながらマヌケな声だしちゃった、と思いつつ見渡すと、色とりどりのテント!テント!テント!薄暗く狭い路地裏に、所狭しとテントが並んでる。
 まるで、お祭りの時の屋台みたいに、テントが軒を連ねている。まあテントに軒なんてないけど。よく目を凝らしてみると、どうやら各々テントで何かの“部品”を売ってるみたい。家電オンチのわたしには全然わからないけど、すっごい小さな部品から、かなり大きな箱?みたいなものまで、とにかく何でも売ってるみたい。戦後直後の闇市ってこんな感じだったのかなぁ、という印象。なるほど、隣人さんはここに例の“コンプレッサー”を買いに来たんだ。と合点した時に気がついた。わたし、隣人さんを見失った…。やっばい、どうしよう、完全に取り残された。なんか、ライオンの檻に入れられたうさぎの気分。人混みをかき分け、必死になって隣人さんを探した。ウロウロ、キョロキョロしていたら、かすかに聞き覚えのある声が。
「ヨッシーさん、おひさしー」
「あっ、タカさん、ちっす。元気っすか」
「おぉ、ヨッシー!調子どう?」
「どもどもムーさん、相変わらず売れねっすw」
 見つけた隣人さんは、ある意味別の別人さんだった。まるで、ニューヨークあたりでBボーイたちがノリノリで挨拶するみたいに、いろんな人と楽しそうに、流暢に、会話を楽しんでいる!まさに、水を得た魚状態。
「ヨッシー、モウカッテマッカ?アマリキテクレナイ、サミシイアルヨ」
「对不起对不起!楊!我太忙了…」
 えっ、中国語?中国語もいけちゃうの?っていうか、相手はカタコトの関西弁なのに、なんで隣人さんは中国語?
「HEY! YOSSY!! What's up?」
「Oh, hey! AJ! What's up?」
 おいおいおい、ついに英語まで!しかもハグなんかしちゃってるよ。隣人さんは外人さんなの?ちょっとサマになってるし。黒に金ラインのジャージが、逆にそれっぽく見えてきたよ。やだ、かっこいいじゃない。どうしよう、ドキドキしてきた。いやいやいや、これは変な場所に連れてこられたドキドキで、恋とか愛とかじゃない。絶対ない。断じて違う。思いっきり頭を振った。
「…何してんの?」
「えっ、あっ、な、なんでもない。ちょっとビックリしちゃって(苦笑)」
 って、なんでこういう時だけこっち見てんのよ、もう。
「あ、あのー、でここは?」
「…AKD」
「へっ?あっ、ごめんなさい、ちょっと聞き取れなくて」
 その瞬間、隣人さんはわたしの肩をグッとつかみ身体ごと抱き寄せ、耳元で囁いた。
「アキバディープ電気街って言って、あらゆる家電の部品が集まる、いわゆる裏アキバだよ」
「そそそそそうなんだ。コココココンプレッサーってやつを買いに?」
 不意の近距離攻撃に、動揺しまくるわたし。ドキドキし過ぎてクラクラしてきた。そんなわたしを見透かすように、ニヤッと口角を片方だけ上げて、踵を返し、再び無言で前進をはじめる隣人さん。ちょっと、勘違いしないでよね、別に恋とか愛とかなんかじゃないんだからね、あんたなんかマイルドヤンキーにしか見えないんだから!と毒づきつつ、もう見失わないように、黒ジャージの背中をほんの少しだけつまみ、後ろをついてまわった。
「ありそう?」
と何気なく小声で聞いた。どうやら、スイッチを押してしまった…。
「ここに無いものなんて無いよ。だって、ここにいる人たちは、日本だけじゃなく、世界中の闇市に精通してて、どんなものでも調達できちゃうんだから。本気を出せば、ロケットだろうと潜水艦だろうと。まあもちろん、それなりに金額は高くなるけどね。でもぼくはココが立ち上がった時から知ってて、けっこう頻繁に通ってたから、顔パ」
「な、なるほど、どうりでみんなと仲良しなわけだ。」
 永遠に喋られたら叶わないと思い、無理やり会話に割り込みつつ、
「でもすごいですね、英語も中国語も、どうやらペラペラみたいで」
と続けた。でもどうやら今度は、スイッチをオフっちゃったみたい。
「…別に」
 隣人さんに戻っちゃった。またもや無言のひととき。でもそれはすぐに終わった。隣人さんが目当てのコンプレッサーとやらを見つけてくれた。意外におっきい黒いカタマリ。ちょっと重たそう。
「なにか、手伝おうか?」
「…大丈夫」
 ダンボールに新聞をつめ、スキマを埋めて、隣人さんはそれを肩にかついで歩いた。帰り道も、ニューヨークのスラム街を颯爽とあるくBボーイのように、顔なじみの人たちと挨拶をかわしながら。その後ろ姿は、実物以上に大きく見え、その背中は実物以上に広く見えた。頼もしさとかっこよさがないまぜになった、不思議な感覚に襲われた。帰りの電車もずっと無言だったけど、行きのそれとは違った。そわそわしない。居心地も悪く無い。むしろ心地いいかも。うそ、いやだ、恋?愛?いやいやいや、出会ってまだ数時間よ。それに黒ジャージに金のラインって。顔だってフツーだし、目だって一重じゃ…ない、やだ奥二重。スッキリ切れ長の奥二重じゃない!しかも随分とキレイな目をしている。
「…見過ぎじゃね?」
 そのひと言にハッと我に帰ると、そこはもう最寄りの駅だった。ドキドキしていた。そうだ、これからまた、隣人さんを部屋にあげるんだ。部屋にあげて、冷蔵庫を直してもらうんだ。本来の目的を見失うほど、わたしは隣人さんに心を奪われていたのだろうか。それとも、あまりにも急展開かつジェットコースター的な展開に、ただ頭が混乱しているだけだろうか。まだ答えは出ない。出せない。出せるわけがない。ちょっとおセンチになっていたら、
「…カギ」
ぶっきらぼうな隣人さんがちょっとイラっとされていた。
「あっ、ごめんなさい。いま開けます」
 そうだ、わたしは今日からここでひとり暮らしを始めるんだった。そして、いま隣にいるのは、隣人さんなんだ。頭をリセットし、あらためて認識しなおした。正気を取り戻したわたしの真横に、ドスンとコンプレッサー入りのダンボール箱を下ろすと、隣人さんはいったん消えた。
「えっ、わたし直せな…」
 わたしの文句に、食い気味に隣人さんは帰ってきた。手に工具箱を持って。あっ、修理する道具を取ってきてくれたんだ。行き道のメロンパンといい、コーヒーといい、こうやって親身になって直してくれることといい、隣人さんはぶっきらぼうで寡黙だけど、やっぱりいい人だ。そうだ、お返しに何か飲み物でも…、あっ、買い物がまだだ。せめてもの償いに、話しかけてみた。
「直りそうですか?」
「機械室のカバーを外して、買ってきたコンプレッサーを付け直して、ついでにガスが流れるパイプとかも洗ってあげて、最後に細かい部品とかを溶接でつないで、その中の空気を真空ポンプで抜くだけだけだから。あとはコンセントにプラグをさすだけ。誰にでもできるカンタンな作業って感じ。朝飯前だよ。まあもう夜だけど」
 またもや別人さんが降臨。こちらには見向きもせず修理手順とほんの少しのジョークを一気にまくし立てると、そのまま作業にとりかかった。真剣な眼差し、人間国宝級の手さばき、額に汗、意外にキレイで長い指。そして、キリリと切れ長な奥二重。キレイな瞳。いやだ、わたしったらまた気づいたらドキドキしている。でもダメ、認められない。まだ早い。いや、黒ジャージに金ラインなんて好みじゃない。わたしの大学生活はこれから始まるんだ!頭をブンブン振る。邪念を払う。
「…何してんの?終わったけど」
 また、へんなとこを見られた。もう、なぜそこだけコッチを見る。照れを隠して
「もう終わったの!すごいね、とっても早い!」
「…お世辞はいいから、早くコンセント入れてみてくんない」
 は、はぁ、すみませんね、ノロマで気が利かなくて。ドキドキはやっぱり気のせい。わたし、隣人さん、キライ。しぶしぶコンセントにプラグをさす。
 ブーンと低い唸る音が静かな部屋に響く。成功だ!無事に直った!これで買い物ができる!大好きなアイスクリームが食べられる!喜びのあまり、思わず無意識に隣人さんに抱きついていた。不思議そうにこちらを見下ろす隣人さん。あっ、隣人さんって、意外とかなり背が高い。なんて思っていたら、ボソっとひと言。
「…アイスクリームが溶けなければ完璧に直ってるから」
「氷じゃだめなの?」
「…冷凍室の正常な温度は、何度だと思ってんの?」
「えっ、れ、零度?」
「ブー」
 無機質な駄目だし音を発しつつ、わたしを身体から引き剥がし、そのまま無言で立ち去る隣人さん。冷凍室の正常な温度って何度よ?何度なのよ?アイスクリームと氷って、温度が違うの?気になり過ぎて、急ぎ後をおって玄関の外に。しかし、そこにはもう、隣人さんの姿はなかった。ぐう〜。虚しい空気と、お腹の音が、都会の夜の空気に乗って、どこか遠くへ飛んで行く。わたしの疑問は晴れないまま、夜は更けていく。(続く)

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
※家電製品が通常通り作動しない時には、まず製品の取り扱い説明書をご確認ください。それでも改善されない場合は、購入された販売店へお問い合わせを。作品中のようにご自身で修理されると思わぬ事故につながる危険性がありますのでくれぐれもお控えください。

    

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