「隣人は、家電好き。」第二話

「梅雨の湿気は、嫉妬の予感」

 隣人さんとの衝撃的な出会いから数ヶ月。光陰矢のごとしとはうまく言ったもので、入学式とかお花見とか新歓コンパとか初めてのサークル合宿とか、春めいたものはとっくに終わり、もう季節は梅雨。その間、バイトを探してみたり、早速できた大学の友だちと女子会なんてしてみたり、実はセンパイと初デートとかもしてみたり。それなりに忙しくしていたし、それなりに充実していた。と思っていた。いや、思い込んでいたのだと思う。ドが10個くらいつくような田舎で育ったわたしは、雑誌とかブログとかテレビで見て憧れていた都会的な暮らし、をトレースしていただけ。一度だって、一瞬だって、ワクワクもドキドキもしたことはなかった。キュンともしなかった。あの時をのぞいては…。そう、正直に告白しちゃうと、わたしは隣人さんが気になっているんだ(まだ好きとか恋とか愛ではないけど!)。
 でもあれから、たまに玄関前ですれ違っても挨拶すらなし、っていうか目すら合わしてくれない。とはいえ、我が家の家電は元気で壊れる気配ナシ。つまり、話しかけるきっかけゼロ。あー、朝からブルーだ。それに外は雨。このまま引きこもっちゃいたいけど、今日の講義は全部出欠を取りやがるやつばかり。母の顔がVRの如く目の前に浮かんだので、仕方なく家を出る。
 すると、そこに隣人さん。出で立ちは、当然、金ラインの黒ジャージ。あんたはそれしか持ってないのか?っていうか、何着持ってんねん!と心の中でツッコミつつ、満面の営業スマイルでご挨拶。
「あっ、おはようございます」
「…」
 ちっ、今日も無視かよ。あー、もうブルーが止まらない。もういっそのこと、やっぱり引きこもろう。そう決心して、閉めかけたドアをもう一度引いた瞬間…
「…あんた、雑巾みたいだね」
 は?ぞ、雑巾?わたしが?何それ?見た目のこと?そんなにわたしって汚い?全然意味がわからず、その直後あまりのショックで凍りついた。そして我にかえり怒りがこみ上げた。この間、わずかコンマ数秒。そして、自分でも驚くほどの大声が出た。
「ちょと!失礼なこと言わないでよ!!わたしのどこが雑巾なのよ!!!今日のコーデは、どれも先週買ったばかりだし!!!!」
「…別に見た目じゃねーし」
「えっ…」
 見た目のことじゃないの?またもや混乱。凍りつく。でもどっちにしろ失礼過ぎる。っていうか、じゃあ何が雑巾だって言うのよ。我にかえり、ふたたび怒りがこみ上げる。この間も、わずかコンマ数秒。わたしの攻撃ターン。
「じゃ、じゃあ、何が雑巾だって言うんですか!?女子に対してあまりにも失礼過ぎじゃないですか!」
 渾身の右ストレート。さあ、早く謝れ。ごめんと言え。しかし、返ってきたのは全然別の言葉。
「…ニオイ」
「へぇっ?」
 思わず膝のチカラが抜けた。見事なクロスカウンターパンチ。わたし、臭うの?顔から火が出るほど恥ずかしい。でも待てよ、ニオイって何?わたしの体臭が雑巾のニオイがするって言うの?んなわけあるかい!三度怒りが込み上がる。この間、約1秒。今度はちょっと時間がかかった。
「失礼なこと言わないでください!わたしちゃんと毎日お風呂入ってるし、なんなら今朝なんて朝シャンだってしたんだから」
「…服。臭ってる」
「ふ、服?」
 思わず、消臭スプレーのCMの、やたらポジティブな元テニスプレーヤーみたいに自分の服のニオイをかぐ。確かに、くさい…。雑巾のニオイがする…。やだ、どうしよう…。わたし雑巾オンナ…。なんで…。完全に打ちひしがれていると、隣人さんから追加のお言葉。
「…それたぶん、モラクセラ菌のフン」
 モラクセラ菌?フン?何それ?ちんぷんかんぷん!頭から煙を出しているわたしを見かねて、隣人さんからヒントのお言葉。
「…洗い方と干し方の問題」
「で、でも、ちゃんと洗剤使って洗濯機で洗ってるんですけど…。何か洗濯モードが間違ってます?」
 あっ、家電について聞いちゃった。案の定、スイッチオン。
「モードの話の前に、そもそも、その雑巾臭の正体は、モラクセラ菌っていう微生物のフンなわけ。で、このモラクセラ菌自体は何も悪さしないし、人体に影響はないし、コイツ自体は匂わないんだけど、湿気とか人の皮脂とかを栄養分にして増殖するわけ。で、増えたそいつらがフンを出すと雑巾臭がするんだ。だからまず、モラクセラ菌を増殖させない工夫が必要。洗濯物どうしてる?」
 あぁ、久しぶりの、別人さん。相変わらずの早口。滑舌良すぎ。っていうか、家電に関係するネタならなんでも詳しいのね。懐かしさと待ってました感が入り混じった不思議な感情に浸っていると
「ねぇ、セ・ン・タ・ク・モ・ノ、脱いだらどうしてんの?って聞いてんの!」
怒られた。慌てて答える。
「あっ、ごめんなさい。洗濯物?脱いだらすぐに洗濯機の中に…」
「あ〜、それダメ。全然ダメ。」
 隣人さんは、食い気味に駄目だししつつ、なんと部屋に入っていく。そして、洗濯機へ一直線。えっ、ちょ。待って。いままさにリアルに、洗濯機の中は洗濯物でいっぱい。しかも下着とかも入ってるんですけど!
「ちょ、ちょ。ちょっと待ってください。な、中には洗濯物が!」
 時すでに遅し。洗濯機のフタは、がっぱり開いている。中にはたっぷり洗濯物。チラリとブラとか見えてるし。もういいや、好きにして。まさか、カレシ(まだいないけど)よりも先に隣人さんに見られるとはね。ふてくされていると、隣人さんからのレクチャーが再開。
「まず、モラクセラ菌を繁殖させないこと。洋服にはすでにこいつが必ずいるから、栄養分となる湿気や水分を与えちゃだめ。洗濯機の中は湿ってるからやつらの絶好の餌場。それに、洗濯槽が汚れる原因にもなるし。通気性のいいランドリーボックス、できればそうだな、シリコン製のものとかに入れて。で、できれば溜めないでこまめに早めに洗うこと」
「で、でも、洗濯ってけっこう時間かかるじゃないですか〜。そんなに毎日はできな」
「まさか、標準モードで洗ってんの?」
 またもや食い気味のカウンターパンチ。隣人さん、ますます勢いを増す。
「やれやれ。これだから素人は。いいか、最近の洗濯機は、どのメーカーのもひと昔前に比べれば、格段に洗浄力がアップしてんの。それに、洗剤も進化してるし。だから、40〜50分も洗う必要なし。ぶっちゃけ、ぼくが使ってる洗濯機なんて、10分洗濯モードあるくらいだからね。もう十分にキレイ。雑巾臭だってしないし」
 別人モードの隣人さんの攻撃は、もはや止まらない。
「っていうか、そもそもさ、洗濯機実体を洗ってる?正確には洗濯槽だけど。洗濯槽がきたないと洗剤の洗浄力がそっちに取られちゃうから、洗濯槽洗剤とかでまずは黒カビとか水垢とかキレイにしなきゃ。ほら、見てみて、ココ、黒ずんでるでしょ」
「あっ、確かに!」
 そういえば、引っ越してきてから、一度もそんなことしたことない。さすが隣人さん。家電への愛を感じるわ。感心して返事を忘れていたら即、喝。
「ねぇ、わかったの?っていうか、理解できてる?」
「は、はい!」
 もはや、鬼軍曹とダメ兵士。思わず敬礼しそうになる。
「それで、洗い終わったら、速攻で干す。浴室に乾燥機がついてればぜひ使うこと。ない場合は、できるだけ風が通りやすい場所で、できるだけ間隔をあけて干す。カーテンレールは厳禁。カーテンが邪魔になって風通し悪いからね。長い短い、厚い薄い、みたいに交互に干すとより空気が通りやすくなるよ。これポイントな。それと、できれば扇風機を当てること。でも、冬に扇風機出してるとヘンに思われるから、オレのサーキュレーターやるよ。まあ、とにかく、全力で早く乾かせば、梅雨時期だって雑巾臭はしないってこと。あきらめないで」
 出た!隣人さんのアメとムチ。厳しかったりぶっきらぼうだったりするくせに、ある時ふと、すっごくやさしい一面を見せたりする。その割合およそ1:9。たった1。でも、たった1だからこそ、心にしみる。効いてくる。これって、恋の黄金比?いやいやいや、それじゃわたし、隣人さんのことが好きみたいじゃない!?そんなことないもん。恋でも愛でもな…い…の…?いや、もう認めよう。わたしは、隣人さんが好きだ。ダメ兵士は、鬼軍曹に恋をしている。思い切って、勇気を出して、聞いてみよう。
「あ、あの〜」
「…なに?」
 あっ、すでにいつもの隣人さんに戻ってる。まいっか。関係ないや。よし、聞くぞ。
「か、か、彼女さんとかいらっしゃるんですか?」
 あまりの緊張に、噛みまくりな上に、敬語過ぎw 金ラインの黒ジャージに、そんなに緊張することもないか。なんて気をゆるめていたら、衝撃のひと言が…。
「…まぁ」
 えっ!いるの?彼女いるの?ウソ。ヤダ。どうしよう。わたし、動揺してる。あっ、隣人さんこっち見てる。動揺してるわたしを見て楽しんでる?っていうか、隣人さんの彼女ってどんな人?かわいい系?セクシー系?天然系?付き合ってどのくらいだろう?ちょっと待って、まさか同棲?壁一枚挟んだとなりで!?最新PCのCPUを上回る速度でフル回転させたわたしの頭は、もはや若干の知恵熱を発していた。そして、気づいたら、隣人さんの姿はなかった。身体中にまとわりつく湿気が、妙に嫌だった。

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

    

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