「隣人は、家電好き。」第四話

「踊る煩悩ガール。」

 あの日から一週間、わたしはボーッとしている。イブのあの夜、隣人さんと一晩過ごしてしまったのが忘れられないのだ。別に、何かがあった、というわけではない。文字にすれば、賞品でもらった七面鳥を焼いてもらって乾杯したら隣人さんが寝ちゃったから半分くらい食べてワインを一杯だけ飲んで起こさないようにそっと部屋を出た、ただそれだけ。色気も恋の気配も何もない展開だったけど、自分の片思いに気づいてしまったわたしは、たったそれだけでも忘れられない思い出なのだ。
 テレビでは、笑ってはいけない人たちが爆笑している。例年ならわたしも爆笑している頃だ。でも今年はそんな気分じゃない。大掃除だってしていない。まあ、初めてのひとり暮らしで越してきてまだ一年経っていないから、そこまで散らかっていないし。そう言えば、今日はゴハンすら食べてない。ぐぅ〜。除夜の鐘より数時間早く、わたしのお腹は鳴った。片思いでも、一日家に引きこもっていても、生きてるだけで腹は減る、ということか。仕方ない、食料を買いに出よう。
 年越しそばでも食べようかな、天ぷらとかのせちゃおうかな、なんて買い物リストを考えながら鼻歌交じりで何の気なしに玄関を出ると、なんとそこには隣人さん。もちろん出で立ちは、金ラインの黒ジャージ。もはや彼のユニフォームと化してる。見慣れてきた自分が同化したみたいで怖い。
「こんばんは」
「…」
 この無愛想にも慣れてきた。むしろ、予想通りの反応が心地いいくらい。気にせず、怯まず、話を続けられるようになってきた。恋ノチカラ?ただの慣れ?一瞬の逡巡をはさみつつ、会話を続けてみた。
「大晦日とか元旦とか、どっかでかけないんですか?」
「…AKBB」
 は?たしかに、いまわたしが鼻歌してた曲は、今年ランキング新記録をつくったくらい流行ったAKBB(赤羽橋なんかぶっ飛ばせ)というアイドルグループの曲だけど。わたしの質問にはサッパリ関係ない。あー、隣人さんもAKBBが好きなんだ。
「AKBB好きなんですね。カワイイですもんね」
「…別に」
 慣れてきたとは言え、咬み合わないトークほどツライものはない。ボディブローのように効いてきた。この人は、ホント家電以外の話には無反応だ。わたしは、そんな徹底している一途なところが好きなのかしら?それとも家電に詳しいところ?頼もしいって一瞬思わせるところ?なんで片思いしているのか、わからなくなってきた…。ちょっと考える時間が欲しいけど、どうやら今夜は行き先が同じみたい。近所のスーパー。大晦日でも律儀に営業時間を守ってくれてありがたい。
 無言のままもツライので、仕方なく話しかける。いや、ひとりごとのテイで話を続けた。これなら返事がなくても傷つかないから。
「わたし、ドが10個くらいつくほどの田舎から出てきたんです。フツーは女子のひとり暮らしだし、はじめてだからさみしくって帰省するんでしょうけど、ほらこの時期って飛行機はやたら高いじゃないですか。新幹線は超混むし。それに、生まれて初めてひとりで年越しするのも悪くないな、なんて思って帰省(かえる)のやめたんです。あっ、でもこうやってふたりでお買い物しているから、ひとりじゃないか。テヘペロ」
 ドキドキと照れを隠すために一気にまくし立てつつ、会話の最後に、ジャブ程度にラブを込めてみた。
「…」
 返事なし。表情の変化もなし。わたしの空振り。フィフティラブ。大丈夫、まだゲームは始まったばかりだ、挽回の余地はある。グロスばりに、渾身のサーブを打ってみる。
「ひょっとして、買い物は年越しそばですか?」
「…まぁ」
 キターーーーーー!初のリターン。チャンスとばかりに、思い切ってたたみかけてみた。
「奇遇ですね、わたしもです♡」
「…」
 調子にのって上目遣いで返したのに、今度は返事なし。あー、そう言えばノーメイクだった。かわいこぶっても攻撃力ゼロ。サーティラブ。だんだんと打つ手が無くなってきた。でも、タイミングを逸しているから、いまさら逃げ出すわけにもいかない。攻め続けるしかない。それにしても、そばコーナーは意外と盛況だ。
「年越しそば、冷たい派ですか?あったかい派ですか?」
「…ざる」
 イエス!反応アリ。でもさっきの教訓を学び、たたみかけず、ここはいったん向こうの出方を待つ。
「…」
 一瞥をくれただけで、続きはなし。ラリー不成立。チャンスボールをみすみす逃した。フォーティラブ。どうでもいいけど、なんで0、15、30、の次は40なんだろう?ホワイイングリッシュピーポー!0、15、30って続いたら次は45だろう?あまりの無反応に思わず心の中でひとり厚切りをしてしまった。さて、このままだとラブゲーム。一か八かの勝負に出る。包み隠さずに、ストレートにラブを出そうじゃないか。玉砕覚悟。
「もしよかったら、ウチで一緒に食べません?」
「…別にいいけど」
 えっ?マジ??いいの!?まさかの大どんでん返し。誘っておいてなんだけど、予想外の反応。思わずドラマみたいに、持っていたそばを落とす。やだ、どうしよう。動揺が派手に出ちゃうタイプ。
「じゃ、じゃ、じゃ、じゃあ、お会計して、い、い、行きますか?」
「…そば、はみ出てるけど?」
「だ、だ、だ、大丈夫です!3秒以内に拾ったので!!」
 わたしは、幼稚園児か。なにその3秒ルール。心のなかでノリツッコミをして気を紛らわせながら、隣人さんと並んで来た道を帰る。たった5分の距離なのに、やたらと長く感じる。何か話さなきゃ。AKBBのどの曲が好きか聞いてみようかな。あっ、ダメだ。さっき興味なさげだった。お蕎麦の好み聞いておこうか。あっ、これも聞いたわ、っていうかもうざるそば買ったし。そうこうしているうちに、マンションに到着。長く感じるだけで、物理的な距離は変わらない。5分の距離は、5分でつくのだ。カギを開け、隣人さんを招き入れる。
「ちょっと散らかってるかもしれませんが、どうぞ」
「…」
 隣人さん、一歩も動かず。あれ?ひょっとして気が変わった?彼女との約束でも思い出した?一抹の不安がよぎる。
「どうしました?」
「…大掃除」
「はい?」
「…掃除機」
「掃除機?あるはありますけど…、部屋狭いからハンディ型を一台…。っていうかそんなに汚れてます?今から掃除します?」
と家電のことだと気づかず何気なく答えたら、スイッチオン。大晦日にも別人さん降臨。
「それは、コードレス?AC電源タイプ?ハンディだからコードレスの方が使い勝手いいけど、吸引力で選ぶならAC電源タイプだよね。でも吸引力が強いとその分排気もすごいから、狭くて汚れた部屋で使うのはちょっとどうかな?っていうか、ハンディだけじゃ時間かかるじゃん。それしか持ってないの?」
「は、はぁ。でもひとり暮らしなのに掃除機をいくつも買うのもなぁと…」
 えらい勢いの口撃の隙をついて、ようやくひと言返したら、食い気味に隣人さん部屋へ戻り、自分の愛機を持ってきた。本体の大きさはハンディタイプくらいだけど長い柄がついてるからスティックタイプの掃除機にも見える。
「スティックタイプが良いんですか?」
「いや、じつはコイツもハンディっちゃハンディなんだ。でも、広い吸い込み口と長い柄がついてるから、普通のスティック型としても使えるんだ。床とか広い面積のところは、このカタチでササッと掃除できるんだ」
 流暢に解説しながら、わたしの部屋を掃除しはじめる別人さんバージョンの隣人さん。まるで、最近引退されたテレビ通販の社長さんみたい。よくしゃべるし、動作もキビキビしている。そう言えば、この人、家電量販店の店員さんだった。
「でも、おれたちの部屋って床はそんなに広くないだろ?棚とかテレビとか置いたら猫の額くらいじゃん。だからたしかに、ハンディタイプって選択肢は悪く無い。でも、ハンディタイプだけだと狭い場所とか届かないじゃん?でもコイツのスゴイところは、長い柄がそのまま延長パイプにもなるってとこ。ほらこうやって先端に取り付ければ狭い場所でも先の方まで掃除機が届く。しかも重心が手元だから疲れもしないし」
 ほんとだ!すごい!!スティック型があっという間に先が長い掃除機になった!!!しかも、隣人さんは掃除機をかけながら、これどうするの?どこしまう?捨てる?とかどんどん質問しながら次々と片付けていくから、みるみると部屋が整っていく。まるで、断捨離王。世界で最も影響力のある100人に選ばれたあの人も真っ青の手際の良さ。散らかっていない、なんて自分では思ってたけど、どうやらだいぶ散らかっていたみたい。部屋がキレイになっていくのはウレシイけれど、ちょっと恥ずかしいような…。
 わたしの気持ちを知ってか知らずか、隣人さんの手はまだまだ止まらない。解説も止まらない。
「さて、仕上げだ。コイツの本領は、じつはココから。延長パイプを取れば、ほら、ハンディとしても使えるんだ。むしろ、この姿こそがコイツの正体っていってもいい。テーブルの上とか本棚とか、ちょっとした場所はこのカタチがやっぱりベストだね。あと、忘れちゃいけないのが下駄箱な。薄暗いからあまり気づかないけど、けっこうホコリが溜まってるから。定期的に掃除機かけて。ふう、これで良し、と。世の中的には吸引力第一主義みたいになってるけど、あれはあくまでも広い家に住んでいる人の話。オレたちみたいに狭い部屋のひとり暮らしは、吸引力よりも使いやすさで選ぶべきなんだ」
「はいっ!気をつけますっ!!」
 鬼軍曹にみっちりしごかれたダメ兵士は、素直に返事をする。それにしても、自分の部屋じゃないみたいにスッキリピカピカ。気づけば、除夜の鐘の5分前。でも、年越しそばを食べるタイミングとしては悪くない。お礼も込めて、お疲れ様のビールでもお出ししたいところだけど、隣人さんはお酒が滅法弱いみたいだからやめておく。また寝られちゃったら困るしね。普通に、ふたりでそばをすすった。
「すみません、わたしから誘っておいて、掃除なんかしてもらっちゃって」
「…別に」
 あっ、いつもの隣人さんに戻ってる。まあ、あのテンションが続いても、それはそれでこっちも疲れるか。
「この辺だと、初詣はどこに行くんですか?」
 たいして返事は期待しなかったけど、単純に気になったので聞いてみた。
「…神田」
 あっ、返事が返ってきた。えっ、ていうか初詣とか行くんだ。ああ、彼女いるもんね。
「ああ、彼女さんと」
「…いや」
 あれ?予想外の答え。思わず続けて質問。
「えっ?なんでですか?」
「アイツ、バッ…」
「じゃあ、誰と行くんです?」
 しまった!せっかく理由を答えてくれようとしていたのに、食い気味に質問しちゃった。まるで芸能レポーター。コミュ力ゼロ。
「…ひとり」
 それでももうひとつの質問にもちゃんと答えてくれた隣人さん。ありがとう。でも謎は深まるばかり。彼女はいる。でもイブもひとり。大晦日もひとり。初詣もひとり。さっぱり意味がわからない。でもせっかくだから、この流れに乗ってみる。
「じゃあ、来年、っていうかあと数時間後ですけど、一緒に行きません?わたし初めてなんで案内してくださいよ♡」
 ダメ元で聞いてみた。
「…いいけど」
 ですよね、ダメですよ…ね?えっ!?いいの?初詣、行ってくれるの?わたしと?マジ?ホントに?予想外のOKに軽くパニクる。どういうこと?彼女さんいるんだよね?えっ隣人さんひょっとしてこう見えてゲスな人?文字通り、頭の中はクエスチョンマークのエレクトリカルパレード。次々と疑問が頭をよぎる。ゴーン。どこか遠くから聞こえる除夜の鐘で我にかえる。ところが、そこに隣人さんの姿はない。さらに混乱。えっ?なにこれ?夢?夢オチ?すっかりシナシナになった天ぷらを眺めていると、ガチャッと勢い良くドアが開いた。正体は隣人さん。その格好を見て驚愕した。っていうか二度見いや五度見くらいした。漫画みたいに目とかこすったよ。だって、金ラインの黒ジャージじゃなくて、なんと袴姿なんだもん!あっけに取られているとボソッと。
「…初詣」
 あっ、マジなんだ。本気で行くんだ。っていうか超本気だよね、その格好。っていうか、わたしまだ部屋着なんすけど…。ゴーン。またひとつ、除夜の鐘。神様、じゃない、仏様、どうか煩悩ではなく、まずは頭の中の疑問を払ってください。気づいたら、笑ってはいけない人たちの姿が、テレビ画面から消えていた。

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

    

新着情報

  • 2017.04.05

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