「隣人は、家電好き。」最終回

「桜、炊く。」

 ドが10個つくほどの田舎から出てきて、2回めの春がきた。つまり、隣人さんに出会ってからもう1年が経とうとしている。上京してくる前に妄想していたことのほとんどは叶えた。でも、テレビや雑誌、SNSが伝えてくれた都会の魅力は、ほとんどがハリボテだった気がする。合コンは、ただの見栄の張り合いだったし、サークルはただ時間を持て余す学生の集まりだったし、オシャレな街でのお買い物はただ物価の高さに驚くだけで、実家にいた時にネットで買い物していた時の方が遥かにコスパは高い。唯一、妄想よりも素敵だったことがある。恋だ。理想とは全然違うけど、まさか好きになった相手が黒ジャージに金ラインの家電好きだとは思いもしなかったけど、会う度にドキドキするあの感覚、次はいつ会えるのだろうという切ない気持ち、そしてまた会えた時のトキメキ。どの感情も妄想を遥かに超えていた。どんな恋愛マンガやドラマ、映画よりも胸が踊った。でも、隣人さんには彼女がいる。正確には、いるらしい。なんで推測調なのかと言うと、この1年間ずっと、隣人さんに女の影が1ミリも見えないのだ。クリスマスイブも、大晦日も、初詣も、なぜかいつもひとり。むしろ、大切なイベント毎にわたしといる感じ。なんなの?わたしの恋は実るの?成就させる余地はあるの?あー、モヤモヤが止まらない。
 外は絶好のお花見日和だ。けど、わたしの心は晴れる気配もない。都内の桜の名所は、どこももう満開らしい。あったかい陽気と、上向きの景気が手伝って、連日記録的な賑わいだという。あー、わたしもお花見したい。そうだ、上野、行こう。気晴らしに、行こう。スマホの連絡帳を立ち上げ、上へ上とスワイプしていく。ダメだ、行きたい!と思える人が見当たらない。この1年、数だけはそれなりに増えたけど、心許せる友だちもボーイフレンドも一人もできなかったんだなぁ。少しおセンチになった時、よ行で手が止まった。初めて出会ったあの日、秋葉原に強引に連れて行かれたあの日、AKDで仲間たちから呼ばれていた“ヨッシー”という名前で登録してある、隣人さんの番号だ。そっか、もうわたしの心の中には、隣人さんしかいないのね。
 お花見という柄では全然ないけれど、もう家でモヤモヤしているのも限界だし、思い切って誘ってみよう。緑の受話器アイコンをタップした。呼び出し音が鳴る。てっきり、何代目かのソウルなんとかが流れるのかと思っていたら、ダークサイドのテーマソングだった。May The Force Be With You. 暗黒面に負けそうになり、電話を切ってしまいそうになる自分を励ました。コールを重ねても、ラスボスは出てこない。もうダメだ、と赤い受話器アイコンをタップしそうになった瞬間、奇跡的につながった。
「…もしもし」
 電話でも変わらずに無愛想な隣人さん。大丈夫、これには慣れた。
「あっ、もしもし、わたしです、隣に住んでいるヒナコです。いま電話大丈夫ですか?」
「…大丈夫。休憩中」
 キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!電話に出てくれたことすら奇跡なのに、その上、休憩中とは!わたしの心の中に、今シーズン初めての春一番が吹いた。
「あっ、お仕事中すみません。じつは、折り入ってお願いが」
「…何が壊れたの?」
 あっ、覚えてくれているんだ。わたしと初めて出会った時のこと。冷蔵庫が壊れたから出会えたこと。思わず、ガッツポーズ。もう少女じゃないけど卓球界ではいまだにちゃん付けの彼女ばりに渾身のサー!
「すみません、きょうは家電のことじゃないんです。じつはわたし、上京してからお花見したとこなくて…。あの…その…」
 あー、肝心のひと言が出てこない。じれったい、わたしの愛。うざったい程ツライよ。どうしても誘えないでいると、隣人さんからまさかの援護射撃。
「…上野でいい?」
「えっ?」
「…職場、上野だから」
「あっ、はい!」
「…19時に公園口で」
 電話を切ったわたしは、思わず膝から崩れ落ちた。援護射撃なのに、見事にハートの真ん中を撃ちぬかれていた。家電にまったく関係ないのに、隣人さんと会話ができた。冷蔵庫が壊れたくだりも覚えていてくれた。これだけでゴハン3杯くらい食べられるのに、その上一緒に花見にもいけるなんて。夢見心地。有頂天。もう何も手がつかない。なんて言ってられない。めいっぱいのオシャレをして、バレないようにめいっぱいのメイクをしなきゃ。約束の時間まであと6時間を切っている。恋する乙女のデートの準備には、足りないくらいだ。
 シャワー→クローゼット検索→コーディネート検討→歯磨き→メイク→ブロー。5時間ギリギリで全工程をすませ、いざ上野へ。お花見のトップシーズンを迎えた都内でも屈指のメッカは、予想以上に混んでいた。待ち合わせには間に合ったけど、この人混みでは見つけられるか不安になった。けど、そんなこと余計な心配。黒ジャージに金ライン。隣人さんのユニフォームは、抜群のアイキャッチだった。
「お、お疲れさまですぅ!」
 手を振りながら仕事上がりの隣人さんを出迎えた。
「…」
 当然の返事なし。でもわたしには、無愛想耐性ができている。ひるまずに続ける。
「どっちに行きます?っていうか、ゴハン食べました?やっぱり夜店ですかね!わたしたこ焼きとか大好きなんです♡」
「…」
 返事がないのは慣れたけど、なんかいつもの隣人さんとちょっと様子が違う。必要以上にキョロキョロしてるし、それ以上にソワソワしている。ひょっとして、彼女がいるのにわたしなんかと夜桜見物なんかにきちゃったから良心の呵責?わたしのテンションはフリーフォールばりに急降下…。
「彼女さん…ですか?」
 思わず口にでちゃった。その瞬間、家電のことじゃないのに、まさかのスイッチオン。別人さん、夜の上野の森に降臨。
「彼女は、外出なんてさせたら途中でバッテリー切れちゃうよ!っていうか、ロボットとデートなんかしてたらヘンタイでしょ!?オレはそこまでいってないし!!そもそも、ペッピーは出歩くような仕様にはなってない。腕や首の関節は自由自在に動くけど、下半身はまだ完全な人型じゃないんだ。クラウドAIのおかげで感情はもはや人並みだけど」
 いつもの家電を説明するように、一気にまくし立てる隣人さん。たしかに、家電のようなモノだけど…。っていうか、えっ!?彼女ってロボットのこと?ウソ?マジ?そういえば、イブの夜、お酒に超弱い隣人さんが乾杯で寝ちゃって膝枕してあげていた時、チラッと部屋の片隅にいたような。いや、確かにあった!いやいやいや、とは言えいくらロボットが好きだからって、それを彼女としてカウントする?!?わたしが混乱の上、絶句していると隣人さんはさらに続けた。
「ロボットだけど彼女のことが好きだから、デートしたいって思うことも正直ある。けど、人の目が気になる。オレこう見えて、対人恐怖症だし。っていうか今は彼女のことなんか関係なく、ごめん、こんな人混みとかやっぱり無理。帰る」
 ロボットとデートしたい→50%理解。まあ100歩譲ってそういう感情がわくこともあるかもしれないよね。ロボット掃除機がしゃべるだけでかわいい〜とか人気になる世の中だし。わからなくもない。それに、対人恐怖症も100%理解。無口で無愛想だもの、想定の範囲内。だから初詣も、神田明神じゃなくて、ドマイナーな神社だったのね。っていうか、それで家電量販店の接客なんて務まるの?こっちは全く理解不能。なぜその職業を選んだの?と心の中でノリツッコミをしながらも、一生懸命情報と心の中を整理した。わたし、それでも隣人さんが好きなの?ロボットを彼女扱いしちゃうくらいヘンタイだけど、それでもわたしは隣人さんを愛せるの?どうしよう。人混みをかき分けて、隣人さんは駅に向かって歩いて行っちゃう。金ラインの黒ジャージが見えなくなっちゃう。その瞬間、わたしはジブンでも驚くような行動に出た。
「あ、あの!わたし、さ、桜、炊きますからっ!」
 その声のボリュームに、行き交う人みんながコチラを見ている。隣人さんも思わず立ち止まり、わたしを見ている。何いってんのこのオンナ、って顔でこっちを見ている。でも決めたんだ。ロボットを彼女扱いしようが、家電についてしか興味なかろうが、そんな隣人さんが、わたしは好きだ。好きなんだ。今日こそ、白黒つけてやる。そう、ロボットとガチで勝負よ。あんなやつにはつくれない、わたしの唯一の得意料理、大嫌いで飛び出してきた実家の郷土料理を作るんだ。オトコのココロをつかむなら、まずは胃袋を掴めってね。
 隣人さんは、イマイチ状況が飲み込めないながらも、わたしの迫力と、もうその場から走り逃げたい衝動から、思わず首を縦に振ってくれた。ふたりのマンションまで、ふたりとも無言。色っぽくもなんともない。なんせ、あんな衝撃的なカミングアウトのあとですもの。ロボットを彼女扱いする男子と、桜を炊くから!という謎の理由でその男子を部屋に誘う女子。はたから見れば、どっちも普通じゃないよね。
 隣人さんを部屋に通した。大晦日に、隣人さんがキレイにしてくれた状態を、あれからがんばってずっとキープしている。隣人さん、ご満悦。まずはホッと一安心。
 さあ、次からが本番。桜を炊く。ロボットなんかにうつつを抜かしてる隣人さんの目を覚まさせてやるんだ!といいつ、まあ大して手の込んだ料理というわけではなく、お米に醤油、塩と酒、みりんを加えて、あとは炊飯器のスイッチを押すだけ。炊き上がりが、ほんのりピンクに染まり、まるで桜みたいだから、わたしの故郷ではこれを、さくらごはんって呼んでるの。これが、シンプルだけど意外と美味しくて。配合で味が結構変わったりするんだけど、わたしの場合、母直伝の黄金率が頭と舌に叩き込まれているから大丈夫。余っても、隣人さんが気に入ってくれたら冷凍しても美味しいように、冷凍モードで一気に炊く。この炊飯器は、冷凍しても美味しいご飯が炊ける、という触れ込みだったから間違いない。あの隣人さんも、腕組みをしながら静かに頷いているから間違いなさそうだ。
 ご飯に合わせて、まずはビールで舌と喉を潤してもらいたいところだけれど、隣人さんは超お酒弱いから、ここはガマン。次第に、炊飯器が湯気をはきだし始める。ほのかに醤油のいい香りが部屋に漂ってくる。難しい顔をしていた隣人さんの小鼻が膨らむのを、わたしは見逃さなかった。サー!わたしは今日二回目のガッツポーズを心の中で決める。
 そして、いよいよ実食。隣人さん、いささか緊張気味に、箸でさくらごはんを口元に運ぶ。咀嚼する。一回、二回、三回…。四回目で飲み込むと、目を見開きちょっと興奮気味に、
「美味い!」
と一言。サー!三回目のガッツポーズ。もはや、勝負は見えたか?と思った瞬間、なんとここで別人さん降臨。
「うん、マイコンだけど、こいつは温度調整が絶妙に得意だから、冷凍モードでもしっかりお米の味をちゃんと引きだせてる。炊き込みご飯だからむしろベストチョイスかもしれない」
 食べながらも解説は止まらない。
「そもそもそIH万歳っていう世の中の風潮が…」
 いっこうに終わる気配のない家電のマシンガントークを、わたしは口ごと塞いだ。ファーストキスは、懐かしい故郷の味がした。

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。