「最近、家電たちの様子がおかしいんだが。」第一話

平穏なマイホームはどこにいってしまったんだろうか?

最近、家電たちがケンカをはじめたんだが。

「私はね、子どものいるおうちでバリバリ働きたいの」
「キミの容量ならピッタリだよ。僕は学生がいいな。青春時代の思い出として残れたら素敵だろうからね」
 午前二時。湾岸沿いの倉庫街。作業員は皆帰ってしまったはずなのに、H社の倉庫からは誰かがヒソヒソ話す声が聞こえていた。
 人間にはあまり知らされていないが、実は家電たちはおしゃべりである。自分の意思で動くことだってできるのだ。そして、出荷直前の製品が集められたこの倉庫では、これからどんな家へ向かうのか、家電たちが夜な夜な語り合っていたのである。
「オレは…ちょっと待て、なにか聞こえる!」
 その日、まず異変に気付いたのは掃除機だった。号令がかかったかのように動きを止める家電たち。倉庫内が静まり返った直後、バン!と乱暴な音を立て扉が開かれた。
「おい、そっちに行ったぞ!早く捕まえろ!」
 外から聞こえる怒鳴り声。駆け込む足音。家電たちは突然の侵入者に身をすくめた。
「キヒヒ、逃げてもムダだもんね。ここ以外、出口はないもんね!」
 最初の侵入者から一分とおかず、不気味な笑みを浮かべた男が倉庫の扉を開けた。灯台のライトが、男のずんぐりとした坊主頭と巨体を照らしだす。
 その頃、最初の侵入者は倉庫の奥へ、奥へと進みながらも、身を隠せる場所を探していた。梱包の中に入ってしまえば、朝までやり過ごすことができるはず。棚からひとつダンボールを引っ張り出すと、丁寧に開封し、製品を持ち上げたそのとき。ガシャン!と背後から破壊音が響いた。
「キヒヒ!早く出てこないと、ここにある家電、みーんな壊しちゃうもんね!いいのかなあ、あんたが手塩にかけた家電なのにい!」
 侵入者は悔しさで下唇を噛みしめる。
(もう、ここまでなのか…。いや違う、まだ諦めるわけにはいかない!)
 なにかを決意すると、侵入者は先ほど取り出したばかりの製品に手をかけ……そして、再び丁寧に梱包を戻した。
「家電を壊すのはやめろ!私はここだ!」
 そう叫ぶと侵入者は一気に扉に向かって駆け出した。
「キヒヒ!観念したみたいだもんね!」
 倉庫内に肉と骨がぶつかる鈍い音が響く。
「ボス!博士を捕まえたもんね!おいら、お手柄だもんね!」
 そして再び、倉庫は静寂に包まれる。
 その日、家電たちはもう動き出すことはなかったが、男に壊された掃除機を偲び、朝まで泣き声が止むことはなかった。

「フンフン♪ フフン♪ フンフフフ〜ン♪」
 冷蔵庫のレイコは鼻歌を浮かべながら、ミチルの帰りを待っていた。こうすると、いつもよりモーターが快活に回るような気がするのだ。
「レイコ、なんだか今日はご機嫌だね。どうしたの?」
 洗濯機のせん太くんは不思議がってレイコに尋ねる。
「だって、今日は金曜日でしょ。きっとミチルさん、週末分の食材をたくさん買って帰ってくるはずよ」
「そうか!じゃあ明日は洗濯の日だ。僕も腕が鳴るなあ」
「掃除だって忘れてもらっては困るのであります。わたくし、もう吸いたくて吸いたくて、うずうずしているのですから」
「はいはい、ソージくんも明日はきっとミチルさんの役に立てるわよ」
 ここは都内の1DKマンション。決して贅沢な作りではないが、家主であるミチルは窓から見える公園が気に入っていた。ちょうど賃貸契約の更新だったこともあり、気分転換も兼ねて一ヶ月前に引っ越してきたばかりである。そして当然、ミチルは気づいていないが、この家の家電たちもまた、おしゃべりだったのだ。
「ミチルさんったら、最近ちょっと飲みすぎで心配なのよねえ」
 そう言いながらもレイコは、より力を込めて庫内のビールを冷やす。ミチルは帰宅すると、真っ先に自分のところへやって来る。それがレイコにとってなによりの自慢なのだ。
「いいなあ、レイコねえちゃんは毎日使ってもらえて」
 トースターのブンちゃんはそう言うと、ぷーっとふくれあがった。
「こらこら、あんまりヤキモチ焼かないの」
 電子レンジのマイ子はブンちゃんの頭を撫でてなだめた。この二台は姉弟だが、いつも沈着なマイ子と、まだ子どもで元気いっぱいなブンちゃん。性格にはずいぶん差があるのだ。
「あら、そろそろ仕事の時間でございますわ」
 炊飯器のヨネねえさんが予約タイマーに合わせスイッチを入れる。ミチル家ではレイコ筆頭に6台の家電たちが、それぞれの仕事を任されていたのである。
「そろそろかしら」
「今日は残業じゃないといいなあ」
「おかずは買ってくると思う?」
「ぼく、コロッケがいい!」
「ああ、あの埃、吸いたいであります」
「ふふふ、今日もふっくら炊けましたわ」
「あ、足音」
「わーい!おかえりなさい!」
「こら、ブンちゃん、静かに」
 カチリと音を立て、ドアの鍵が回った。

 ドサッと置かれたスーパーの袋。これは入れがいがあると、レイコの胸は期待に高鳴った。しかし、ミチルは時計をチラチラ見るばかりでレイコの扉を開けようとしない。
(もぉ、ミチルさんったら。早くしないと傷んじゃうわよ!)
 レイコが気を揉むそのとき、ミチルの家にチャイムが鳴った。
「どもー、お届けものです」
「いやあ、時間ちょうどですね。助かりました」
「うちの時間指定はぴったりが売りですからね。さ、中まで運びますよ」
「じゃ、申し訳ないんですがお願いします。そこの隅に、はい、そこで大丈夫です」
「それではこちらにサインを。はい、では失礼します!」
 宅配便が去ると、ミチルは早速、届いた箱の開封をはじめた。
「やっぱり木目にして良かったあ。これなら、うちのリビングに置いても大丈夫。ええっと、コンセント差してっと…」
 キッチンに入り、レイコに近づくミチル。やっと!と、喜びのモーターをレイコは回すが、ミチルはレイコの上に置いておいたアルコールスプレーを手にすると、またリビングに戻ってしまった。
(えっ?ちょっと、ミチルさんどうしたの?)
 動揺するレイコを置き去りにし、ミチルは楽しげにリビングで作業をつづける。
「よし、これでクリーニング完了!じゃあ、早速入れますか。今日は冷凍食品ばっか買ってきちゃったもんね」
 そういうとミチルは、届けられたばかりの家電『冷凍庫』に、買ってきたばかりの食材を詰めていった。
(そんな!でも大丈夫。私にはビールが入っているもの。きっと、ひと段落したらミチルさんは私のところに戻ってくるわ!)
「よぉし、これでバッチリ。う〜ん、今週はよく働いたなあ」
(来た!ミチルさんお疲れさま!)
「グラスは…これでいっか」
(え?ちょっと、どうして行っちゃうの?)
「今夜は、ウイスキーとソーダで自家製ハイボール!氷もたっぷり買ってきたし、よおし、飲むぞぉ!」
(そ…そんな…ウソでしょ?)

 結局、ミチルはその日、一度もレイコの扉を開けることなく、眠りについてしまった。ショックに震えるレイコを気にしながらも、気の優しいせん太くんは新参者に声をかける。
「や、やあ。はじめまして」
「…どうも」
「僕はせん太。そこにいるソージくんとレイコと一緒にやって来た、この家に一番古くからいる家電なんだ。言うなればキミの先輩かな」
「…そう。私はリザ」
「よろしく、リザ。私はマイ子」
「ぼく、ぶんちゃん!」
 せん太くんの後を追い、他の家電も次々と挨拶を交わしだす。
「…よろしく」
 そう言ったきり、リザは黙ってしまった。その姿に、レイコはムカムカする気持ちを抑えきれなくなる。
「ねえ、それだけ?新入りなら新入りらしくちゃんと挨拶をしたら?第一、私はこの家で一番偉い家電なの。あなたは真っ先に私に挨拶すべきじゃないの?」
「ちょ、ちょっとレイコはん、一体どうしたのでございますか?」
「ヨネねえさんは黙ってて。私は新入りに社会の常識を教えているだけよ」
「ですが…」
 ふと、レイコは周りを見わたすと、他の家電たちが自分を冷ややかな目で見つめていることに気がついた。
「え?みんなどうしちゃったの?」
「だって…レイコねえちゃんが一番偉い家電だなんて…」
「わたくし、それは納得しかねるであります!レイコ殿には部屋をキレイにすることはできないのであります!」
「そうだよ、服だって洗えないじゃんか」
「そんなの冷蔵庫なんだから当たり前じゃない!いい?365日24時間休まず働いているのはこの中で私だけなの。私が一番偉い証拠に、ミチルさんだって、帰って真っ先に私のところへ来てるじゃない!」
「でも、今日はミチルさん、レイコねえちゃんのところ行かなかったよ」
「!」
「…それに、リザさんだって休まず働くのはレイコと一緒よ」
「そ、それは…でも、私が……」
「レイコ殿、型落ちだからって、いじけるのは止めるのであります」
 ソージくんのひとことに、レイコは庫内の温度が上がりそうなほど、腸が煮えくり返った。
「バカにしないで!私がどれだけ毎日働いているか知らないくせに!リザ、あなたのことなんか、私、絶対認めないんだから!」

 平穏だったミチル家。しかし、冷蔵庫と冷凍庫、ふたつの家電の対立が、これからさらに大きな事件へと発展していくのである。

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。