「最近、家電たちの様子がおかしいんだが。」第二話

平穏なマイホームはどこにいってしまったんだろうか?

最近、家電たちがハリきってるんだが。

 もし、私が人間だったら。
 白いワンピース、着てみたいな。レイコは想像する。部屋を片づけて、料理に腕をふるって、そしてミチルさんが帰ってきたら疲れが吹き飛ぶぐらいの笑顔でお迎えするの。休みの日には窓から見える、あの公園へ誘ってみよう。ワンピースの裾をヒラヒラ舞わせながら、ミチルさんと一緒に走ってみたい。
 だけど、私は人間じゃないから。だから。冷蔵庫として毎日頑張っていたはずなのに。ミチルさん、どうして?どうして、私だけじゃダメだったの?

 リザがミチル家にやって来てから数日。レイコはリザを避けるだけでなく、他の家電たちともロクに口をきかずキッチンの隅に閉じこもっていた。言葉を出すと庫内の冷気に似た感情があふれてしまいそうで、再び家電たちの反感を買うのが怖かったのである。そんな沈みがちなレイコに影響されてか、ミチル家にはギクシャクとした空気が漂っていた。
「まったく!最近、やりづらいったらないであります!家中埃まみれになったみたいに気分が悪いでありますよ!」
「うん…僕もなんだか脱水しきれてない洗濯ものみたいに気持ちが重いよ。イヤだなぁ、この雰囲気。僕なんだか…哀しくなって…きちゃって……ひっくひっく」
「ああ、もうっ!せん太殿はすぐ泣く!男子たるもの涙はやすやすと見せるものではありませんぞ!」
 ソージくんはウンザリとたしなめたが、せん太くんが一度泣き出したら最短10分コースなのはよく分かっている。こうなったらしばらく放っておくよりない。どうせ泣き終わる頃にはスッキリしているのだ。
「ソージはん、レイコはんを元気づけてあげてくださいな」
 ヨネねえさんは家電たちのなかで一番気遣いができる。同じキッチン家電の自分より、ソージくんやせん太くんの方がレイコの心の扉を開きやすだろうと考えていた。
「拙者、その大役たまわりましょう!」
 ソージくんは意気揚々とキッチンに突入する。
「レイコ殿!そんなところで閉じこもっている場合ではありませんぞ!今週末になにが起こるかご存知でありますか!」
「…もう、うるさいわね。どうせ、私には関係ないことでしょ」
「なにを寝ボケたことを言っているのでありますか!ミチル殿がご友人を招いて引っ越し祝賀会を開くのでありますぞ!」
「…え?ミチルさんが」
「拙者、ミチル殿の電話を聞いていたのであります!さぁレイコ殿、今週末は忙しくなりますぞ〜!」
「…でも。私よりあの子の方が忙しいんじゃないかしら。私はキッチン、あの子はリビング。取りやすい場所にある方がミチルさんも使いやすいわよ」
「なぁ〜にを戯けたことをっ!レイコ殿らしくないでありますよ!」
 ソージくんはレイコの身体に強くぶつかった、つもりだったが。なにせレイコの方がはるかにしっかりしている。ソージくんは自分の勢いに負け、倒れ込んでしまった。
「あ…やば…」
「うわぁあ!ノズル外れちゃったよ!」
 形状を変えるソージくんを見て、レイコだけでなく見守っていた他の家電たちにも動揺が走った。
「ご、ごめんねソージくん、大丈夫?」
「…オイ」
「は、はい」
「テメェ、いつまで拗ねてんだ、ぁん?」
「そんなつもりじゃ…」
「だったらグズググほざいてんじゃねぇよ!週末忙しくなるって言ってんだろ?分かってんのか、ぁあん?!」
「す、すみません…」
 豹変したソージくん。これまで家電たちと一線を引き、ずっとクールに装っていたリザも思わず目を丸くした。
「故障しちゃったのかしら?」
「あー…リザさんはソージくんのハンディモードを見るのは初めてですよね」
 キッチンから避難してきたマイ子とぶんちゃんがリザに声をかける。
「ソージにいちゃん、ハンディモードだとヤンキーになるんだよ!」
「ヤンキー?それはつまり…二重人格的なことかしら?」
「ちがうよ!」
「え?」
「ソージにいちゃん、3人いるんだよ!」
「???」
「ぶんちゃん、お姉ちゃんが説明するから少し待っててね。あのですね、ソージくんは3モードに変形できまして、モードごとにちょっと個性的と言いますか…」
「どのモードもめんどくさいんだよ!」
「うん、ぶんちゃんお願い、ちょっと静かに、ね。決して面倒くさいわけではないんですよ。でも、通常モードが一番マトモと言いますか…」
「ありがとう、なんとなく理解したわ。ちなみに、最後のモードはどんな性格なのかしら?」
「お姉ちゃん、話していい?」
「うーん、まぁそれは追々で…。知らない方が幸せってこともありますし…」
「とびっきり、めんどくさいんだよ!」
「ぶんちゃん?ひとの悪口はダメでしょ?」
「ちぇっ。はーい」
 マイ子とぶんちゃんの話を聞くうち、リザはミチル家に来て初めて微笑んだ。

 ミチルさんが週末、家に友達を呼ぶ。ソージくんには最初イジけた姿を見せてしまったが、それはレイコにとって久々に嬉しい出来事だった。日ごとに増えていく食材に、自分が役立っていることを実感できる。そしてついに金曜の夜。ミチルさんが寝ついたあと、レイコは明日の段取りを考えようとひとりベランダへ出た。雲間から月が覗くたび、レイコのやる気が満ちていく。
「レイコ、まだ寝ないのですか?あんまり外に出ると見つかりますよ」
 振り返るとそこにはマイ子がいた。珍しくぶんちゃんが隣にいない。
「うん、そろそろ戻ろうと思っていたところ。ぶんちゃんはどうしたの?」
「明日は忙しいだろうから、早く寝るように言っておいたんです。レイコも明日はきっと大変ですよ」
「ふふふ。何人くるのかなあ。ドリンク最優先で冷やさなきゃね。あ、ミチルさんが色々仕込んでたわよ。マイ子、明日はよろしくね」
「分かりました。ねぇ、レイコ。そろそろリザさんをちゃんと迎えてあげませんか?」
「…そんなの無理よ」
「リザさん、今日話してみましたが、そんなに悪い家電じゃありませんでしたよ。きっと話せば仲良くなれますから」
「どうしてこっちから話しかけなきゃいけないのよ!私の気持ちなんて分からないくせに!」
「そんなことありませんよ。レイコの気持ち、多分この家で私が一番分かるはずです」
「どうして?」
「ぶんちゃんが来たとき、私も複雑な気持ちだったので」
「嘘!あなたたち、いつもあんなに仲がいいじゃない」
「ぶんちゃんは可愛い子ですから。小回りも利くし、あちこち元気に飛び跳ねていくし。でも、そんなぶんちゃんに最初は少し戸惑っていたんです。温めるなら私だけでいいはずなのにって」
「マイ子…」
「ぶんちゃんは気づいてないと思いますけどね」
「ねえ、教えて。どうしてあなたはぶんちゃんと仲良くなれたの?」
「ぶんちゃんの真っ直ぐさを見ているうち、なんだかクヨクヨ悩んでいるのが馬鹿みたいに思えてきたんですよ。それとやっぱり、ミチルさんのことが大切だから」
「ミチルさんが?」
「ええ。ぶんちゃんが来てから、ミチルさん、朝ちゃんと食べていくようになったでしょう」
「それはそうだけど…でもあなた、悔しくなかったの?」
「ちょっぴり。でも、ミチルさんが元気で暮らせることが私の幸せだから。私は私。ぶんちゃんはぶんちゃん。それぞれのやり方でミチルさんを支えてあげようと思ったんです」
「ミチルさんを…支えて…あげる……」
「みんな、いつも頑張っている明るいレイコが好きなんです。リザさんにもいつもの明るいレイコで接してあげてください」
「すぐには難しいかも知れないわよ」
「ちょっとずつでいいですよ」
「…うん。ありがとう、マイ子」

 レイコとマイ子がベランダから戻ると、リビングの定位置でリザは静かに夜の公園を眺めていた。これまでのレイコならきっと無視してしまっただろう。けれど、今日はちがう。レイコは変わろうとしていた。
「ねえ、リザ」
「!」
「明日、頑張ろうね」
「…ええ。あなたも」
「もう食材でパンパンよ。きっとあなたもそうでしょ?」
 レイコは自分の扉を開くと詰められた食材をリザに見せた。
「そうね。この家に来て、こんなに働くのは初めてよ」
 レイコを真似るように、リザも扉を開ける。たくさんの氷にパイシート、冷凍ピザといった品々を眩しく見つめながらも、レイコは笑顔を絶やさないよう努めた。
「きっと大勢集まるのね。明日は早いから、私たちもそろそろ寝ましょ……あら?」
 リザの庫内にリボンのかかった箱。これはケーキだ。
「もうミチルさんったら。間違えて入れちゃったのね。リザ、このケーキは私の方に入れておくわ」
「え、でも…」
「いいの、任せておいて。じゃ、おやすみなさい」
 キッチンに戻ってからもレイコの胸はドキドキと音を立てていた。少しぎこちない会話を何度も思い返しながらレイコは徐々に眠りについていった。

 土曜日。朝からミチルさんは掃除に、料理にと大張り切りだ。家電たちもフルパワーでミチルさんに応えていく。午後を回ったころチャイムが鳴り、友達を集めての引っ越し祝いが始まった。楽しそうなミチルさんを見つめ、レイコはこれ以上ない喜びを感じていた。
「いやぁ、しかしミチルがこんなに料理上手だったなんて」
「ひとり暮らしも長いと、それなりに覚えるんだよね。でも、デザートはさすがに買ってきたよ」
「いいねえ!そろそろ甘いものが食べたいと思ってたんだ」
「じゃあ出すね。ちょっと待っ…あれ?」
 ミチルはリザの庫内を漁りながら何度も首をかしげた。
「どうした?」
「おっかしいなあ。確かに入れたと思ってたのに」
「おーい!ミチル、これじゃない?」
 キッチンで飲み物を漁っていた別の友人がレイコからケーキの箱を見つける。
「あ!うわぁショック。入れる場所、間違えてた」
「え?だって、ケーキでしょ、これ」
「うん、ケーキはケーキなんだけどね…」
 ミチルが箱を開くと、そこには溶けてグチャグチャになった“アイス・ケーキ”が入っていた。

 もし、私が人間だったら。
 ミチルさんは私のことが嫌いになるかも。レイコは深く落ち込んでいた。私のせいでミチルさんのパーティを台無しにしてしまった。こんなことになるなら昨日、リザに話しかけなければ良かった。大体、どうしてリザはちゃんと教えてくれなかったんだろう。リザが来てから何もかもメチャメチャだ。そうだ、私じゃない。リザだ。リザが全部、悪いんだ。

 溶けかけていたレイコの心。しかし、それはこれまで以上に硬く凍りついてしまったのである。

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

         

新着情報

  • 2017.04.05

    ゴールデンウィーク中のお届日指定につきまして

    4月27日~5月7日にいただきましたご注文については、最短で12日後のお届けとなります。

    ご不便をおかけしますが、予めご了承の上でご注文いただきますようお願い致します。

一覧を見る