「最近、家電たちの様子がおかしいんだが。」第三話

平穏なマイホームはどこにいってしまったんだろうか?

最近、家電たちがまともに動かないんだが。

『今日は全国的に荒れた天気になる模様です。厚手のコートなどを羽織ってお出かけください』
 朝のニュース番組をミチルは眠たい目で眺めていた。
『続きまして連続窃盗事件の続報で……いまだ犯……製品の行方は………』
 習慣としてテレビは点けているものの、アナウンサーの言葉がちっとも頭に入らない。牛乳で流し込むトーストも焼きすぎて焦げついてしまっている。なにもかも最悪の朝だった。
 ミチルの寝不足には原因があった。昨晩、すっかり寝ついていたはずの午前2時。突然、洗濯機がこれまで聞いたことのないヒステリックな大音量を上げて動き出したのである。もちろん、そんな時間にタイマーをセットした覚えはない。
 そこからはもうメチャクチャだった。再び眠りについたかと思うと、今度はガシャン!と音がする。驚いて飛び起きると、掃除機が倒れていた。
(置き方が悪かったのかなあ)
 掃除機をしっかり立て掛けたことを確認し、再び床につく。1時間もしないうち、また、音がする。今度は冷凍庫の扉が開いていた。
 これはおかしい。泥棒でも入ったかと家中調べてまわったが、どこを探しても猫一匹見つからない。鍵もしっかりかけられている。そうこうしているうちに陽が昇り、結局、ミチルはろくに眠れないまま出社時間を迎えることになってしまったのである。
(なんだか…)
 苦い味のするトーストを噛みながら、ミチルはぼんやり考えていた。
(最近、家電たちの様子がおかしいんだよなあ)

 ミチルの引っ越し祝いでレイコが失敗してしまったあと、家電たちの仲はこれまで以上にこじれたものになってしまっていた。そして、それはレイコをなぐさめようとした、ソージくんの不用意な言葉が発端だったのである。

「レイコ殿、そんなに気落ちするのではないのであります。これからは、レイコ殿はのんびり冷蔵仕事に専念するのが一番良い…」
「冷蔵がのんびりぃ?!」
 リザに対する怒りを静かに噛み締めていたレイコは、感情が一気に膨れあがった。
「冷蔵をバカにしないで!冷蔵が冷凍より簡単だって、どうして決めつけるのよ?だいたい私は冷凍機能だって立派についてるの。冷蔵も冷凍もできるの!あそこにいる見た目だけの出来損ないと一緒にしないで!」
 レイコに指をさされたリザは居心地が悪そうに視線を下に向ける。見かねたヨネねえさんが割って入った。
「レイコはん、熱くなったらなかの食品が傷んでしまっていけませんわ。ちょっと一旦、落ち着きましょうよ」
「ふん、なによ。いい格好しちゃって。ヨネねえさん、あなた最近、仕事減ったでしょう?」
「そ、それは…。その話はいま関係が…」
「いいえ。いい機会だから教えてあげる。リザよ。リザが来たから。最近、ミチルさん、お米をまとめ炊きしてリザのなかに保存してるの」
 ヨネねえさんの顔が引きつる。まとめ炊きが致し方ないことぐらい頭では分かっているが、やはりヨネねえさんが一番自信あるのは炊きたてなのだ。上手く言葉を返せないヨネねえさんの肩をマイ子がそっと撫でる。
「ヨネねえさん、ミチルさんが美味しいごはんを食べてるのは変わりませんよ」
「マイ子はん…。そう言えば、あなた…。最近、随分忙しそうじゃありません?」
「そうよ!そうだわ!なんで気がつかなかったのかしら!リザが来て得してるのは、マイ子とぶんちゃん、あなたたちだけじゃない!」
 家電たちの視線が2台に集中する。不穏な気配を感じたぶんちゃんは、顔を真っ赤に膨らませた。
「おねえちゃんに、いじわるしないで!」
「意地悪なのはそっちよ。自分たちばっかミチルさんの役に立とうして。ほら、せん太くんも何か言ってやってよ」
「ぼ、僕ぅ?!」
 突然、名指しされたせん太くんは目をしばたいた。
「僕は別に、リザさんが来る前といま、そんなに仕事量が変わらないんだけど…」
「でも、あなたはリビングに置いてもらえないじゃない。リザだけ特別扱いされてるなんて、おかしいと思わない?」
「うっうっ……うわぁーん!」
 こうして家電たちはミチルが眠りについてから毎夜言い争いをつづけるようになってしまったのだ。そして、それは昨晩ついに、ミチルが目を覚ましてしまうほど激しいものになってしまったのである。

 仕事から帰宅したミチルが玄関の扉を開くと、家のなかからムッとした空気があふれてきた。引っ越してきたばかりの頃はこんなことなかったのに。ミチルは首を傾げながらキッチンに入ると、予約していたつもりの炊飯器が作動していなかった。
「もう、なんなんだよ!どれもこれも、一体どうなっちゃったんだよ!」
 思わず強い口調で吐き捨てると、ミチルは何もする気がおきず、リビングのソファにへたり込んだ。もし、すべての家電が故障してしまっていて、すべて買い直すとなると、いくらぐらい必要になるだろう。引っ越したばかりのミチルにとって考えたくない出費だった。いや、引っ越したこと自体、もしかしたら間違いだったのかも知れない。

 頭を抱えて考えこむミチルを見て、さすがにレイコは胸を痛めた。こんなはずではなかったのだ。新居に連れて行ってもらえると分かったとき、レイコは心底、嬉しかった。せん太くん、ソージくんと一緒に祝杯をあげ、これからもミチルさんのために頑張ろうと誓っていたのである。
(リザのことは認められないけど…困っているミチルさんをこれ以上、見てられないかも…)
 レイコが今夜こそ、喧嘩は止めようと考えだした、そのとき。ミチル家のチャイムが鳴った。
「キヒヒ。遅くに申し訳ないもんね。すぐそこに出来た便利屋だもんね。ご近所さんに挨拶しにきたもんね」
 突然、訪ねてきた巨体な男は、その風貌に似合わずニタニタと笑みを浮かべると、ミチルにチラシと粗品とのしをつけたタオルを手渡した。
「はぁ。どうも、ご丁寧に…」
「お困りのことがあったら気軽に言うもんね!いまならオープン祝いでなんでも格安で引き受けるもんね!」
「いえ…申し訳ないんですけど、特にいま、お願いすることは…」
「キヒヒ。困ったらでいいもんね!うちが特に得意なのは家電の修理なのね!」
「家電?」
 便利屋の言葉をミチルは思わず聞き返す。
「キヒヒ!なにかお困りなのね!うちなら、どんな家電もお任せなのね!」
「いや、でも…具体的にどこかが悪いって訳じゃないんですよ。なんか調子がおかしいというか、変というか…」
「キヒヒ。家電は一度、調子がおかしくなってから壊れるまであっという間なのね。早いうちにメンテしないと大変なのね」
「えっ。そういうもんなんですか…。でも困ったな、7台もあるんです。さすがにそれだけの数を一気に見てもらうと結構、高くつくでしょ?」
「キヒヒ!お客さんは3つ運がいいね!」
「え?3つ?」
「ひとつはさっき言ったもんね。いまならオープン記念で格安だもんね。全部で300円でいいもんね」
「さ、300円?!」
「明日以降は通常料金になるもんね。2つめは私が今日トラックでここまで来たことね。すぐに持っていけるもんね」
「…はあ。それで、3つめは?」
「私がとっても力持ちということだもんね!家電ぐらい楽々持ち運べるもんね!」
 便利屋の勢いと修理料金の安さに負け、ミチルは家電たちを任せることに決めた。便利屋は宣言通りあっという間に家電をトラックに乗せると、明後日までに家電を返す、と告げてアクセルを踏んだ。ちょうど、対向車がすれ違う。便利屋の坊主頭がライトに照らされ、ミチルは眩しいと感じた。

 トラックの荷台のなか。家電たちはこれから一体どこへ向かうのか不安でいっぱいであった。
「ぼ、僕たちどうなっちゃうんだろう…」
「しゅ、修理って言ってたじゃない。ちょっと調べられてすぐ終わるわよ」
「拙者、どこも壊れてないであります!修理の必要なんてないであります!」
「それは全員同じよ。でも、私たち、最近、問題ばかり起こしていたから…」
 家電たちの視線は、自然にレイコへ向けられていく。
「な、なによ?私のせいって言うの?!」
「そうは言ってないけど…」
 ドン。乱暴にブレーキが踏まれ、トラックが停車する。便利屋は運転席から降りると荷台の扉を開いた。どうやら、どこかの町工場のなかのようだ。埃っぽい空気に思わず、ソージくんは顔をしかめる。
「キヒヒ!ボス、やりましたもんね!偵察だけのつもりが、まんまと家電み〜んな持ってきちゃったもんね!しかも300円まで取ってやったもんね!」
「馬鹿野郎!300円ぽっちのあぶく銭で喜んでるんじゃねえ!」
 機械の影から白衣を着た細身の男が現れる。鋭い目で便利屋--と、名乗っていた男を睨みつけると、口もとをぐにゃりと歪ませた。
「だが、家電を持ってこれたのはよかった。あともう少しでこないだの分が終わる。それまで、そっちの家電は倉庫のなかに置いてこい」
 白衣の男はそう言いと、足元に落ちていた金属の塊を蹴り飛ばした。
 それを見たレイコは、必死に悲鳴を飲み込んだ。男がゴミのように扱ったもの。それは……

 ネジというネジが外され、破壊の限りが尽くされた電子レンジの残骸だったのである。

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

    

オススメ商品

    

新着情報

  • 2017.04.05

    ゴールデンウィーク中のお届日指定につきまして

    4月27日~5月7日にいただきましたご注文については、最短で12日後のお届けとなります。

    ご不便をおかけしますが、予めご了承の上でご注文いただきますようお願い致します。

一覧を見る