「最近、家電たちの様子がおかしいんだが。」第四話

平穏なマイホームはどこにいってしまったんだろうか?

最近、家電たちがピンチに立たされてるんだが。

 はじめて鍵を開けたとき、その空っぽの部屋はひとりで暮らすには十分すぎるほど広々と見えた。すこし重たい窓のサッシを開けると、西陽の射す6畳のフローリングに横たわる。ここから一体どんなことがはじまっていくのか。ミチルは胸の鼓動を感じながら、まだ照明のかかっていない天井を眺めた。
 それからほどなく。実家から届いた荷物を並べるうち、部屋は一気に手狭になり、なんでもできそうだった高揚感は残念ながら萎れてしまったのだが。それでも新品の家電が届けられると、新しい生活のはじまりを実感することができた。冷蔵庫に洗濯機、それから掃除機。必要最低限だが、はじめて自分で選び、自分で買った家電たちだ。

 最初のうちは失敗も多かった。食品を買いすぎて腐らせたことも、洗濯を干し忘れたことも、出遅れてゴミ収集車に間に合わなかったこともあった。知らない街でのひとり暮らしは想像よりずっと孤独で、地元を思い出して寝つけない夜、ミチルは必死で耳に意識を集中させた。
<ジジ…ジジジ…>
 冷蔵庫のモーターからうっすらと聞こえてくる自分以外が立てている音。なんだか誰かと暮らしているような奇妙な錯覚になぐさめられ、次第、ミチルは眠りにつく。
 けれど、そんな日々もいつか慣れる。ミチルにとってそれはちょうど初ボーナスが出た頃だった。ミチルは迷わず電子レンジを購入した。レパートリーが増えはじめ、料理が楽しくなってきたタイミングで炊飯器を。そして二年が経ち、最後にトースターが届けられた。

 これまですっかり忘れてしまっていた、ずっと昔の出来事。そこから良いことも悪いこともいくつも経験しながら、ついにこの春、ミチルは引っ越したのだ。今度は冷凍庫も加え、また新しい生活がはじまる、はずだったのに。
 家電たちが持ち去られ、ぽっかり穴が空いてしまった部屋。まるでひとり暮らしをはじめたあの頃のように、ミチルは理由の分からない寂しさを感じていた。

 ズギャギャギャギャギャ!!!
 電気ドリルが爆裂音を立てながら洗濯機を撃つ。その傍らには傷めつけることだけを目的としたように、外装をもぎ取り、部品を破り、基盤を引き剥がされた家電たちの慣れの果てが山となっていた。
「チキショウ!こいつでもねぇ!」
 白衣の男はつい先ほどまで洗濯機だった塊を不愉快そうに睨みつけ、吐き捨てる。
「おい、坊。次のを持って来い!」
「キヒヒ、ボスは人使いが荒いもんね」
「テメェ!誰のせいだと思ってんだっ!!」
 坊主頭の男は首をすくめると、話題を変えるため言葉をつづけた。
「そ、そういやさっき、ラジオでオイラたちのこと流してたもんね!H社限定の謎の家電窃盗犯だって言ってたもんね!」
「へっ。そんなチンケなコソ泥扱いされてるとは、俺もつくづく不幸な男だぜ」
 無造作に束ねられた紙束を坊主頭の男に突きつけると、白衣の男は深くため息をついた。
「見ろよ、この量。あと何軒、あの倉庫から家電が配送された家があると思ってんだ?まだ半分も終わってないんだぞ?一体いつまで俺たちは二束三文にしかならない家電泥棒なんて情けないマネしないといけないんだよ、おい!」
「キヒ…ヒ…」
「お前があのときさっさと腰抜け野郎を捕まえず、チンタラ遊んでたからだろうが!あぁん?!」
「キヒ…。ま、まさか、ブツを家電に隠すなんて、オイラ分かんなかったもんね…」
 逃げたかった話題に再び捕まり、坊主頭の男はボリボリと頭を掻いた。
「分かったら、とっとと次の家電を持って来い!せっかくH社に潜り込んで見つけた、極上のネタなんだ!これ以上グズグズしてたらタダじゃおかねえぞ!」
 白衣の男に蹴り上げられ、坊主頭の男は一目散に走り出した。

 レイコたちミチル家の家電たちは倉庫の奥へと運ばれていた。同じように連れ去られてきたのだろう。いくつもの家電が無造作に並べられている。自分たちにこれから待ち受ける運命を悟ってか、青ざめた表情で固まっていた。見知らぬ家電に囲まれながら、泣き虫のせん太くんが真っ先に涙を流しはじめた。
「イヤだよぉ、こんなところで壊されるなんて!うわ〜ん!!」
「うっうっうっ…」
「せ、拙者も辛抱できないであります…オイオイオイオイ…」
 釣られるように泣き出す家電たち。そんななかでレイコはぷっくりと涙を浮かべながらも、唇を噛み締め必死で堪えていた。どうしてこんなことになってしまったのか。その答えを分かっているからこそ、レイコは自分が泣き出すことを許せなかったのである。
「…大丈夫。みなさんはきっと帰れます」
 リザが、小さく告げた。
「リザはん、元気づけてもらえるのは嬉しいですけども、この状況ではそれは無理ですわ」
「そうだよリザねえちゃん、ぼくたちミチルさんにもう会えないんだよ?」
「大丈夫だから!」
 今度は語調を荒げリザが言い放つ。クールな振る舞いしか知らない家電たちは驚きのあまり目を見開いた。
「リザさん、どうしました。なにか思い当たることがあるんですか」
 マイ子が尋ねると、リザは自分の扉を開いた。扉と本体をつなぐ、金具のちょうど中心あたり。そこには爪先ほどの大きさしかない金属片が貼り付けられていた。
「これはマイクロチップ。きっとあいつらはこれを探すために家電たちをさらっているの」
「どうして、これがあなたに?」
「……ミチルさんの家に来る前、私はこれを託されたの」
 リザは配送倉庫での、あの夜の出来事を話しはじめた。何の罪もない掃除機が玩具のように壊されたことを。犯人は自分たちを連れ去った、あの坊主頭の男だということを。そして、謎の侵入者がリザにマイクロチップを隠したことを。

「拙者なんだか頭が混乱してきたであります…」
「僕もだよ。それはそんなに大切なものなのかい?」
「どうして私たちが動けたり話せたりできると思う?そうなるように作られてるからよ。その設計図がこのなかに入っているの」
「「「!!」」」
「だから私がこれであいつらを引きつけている間に、みなさんは逃げてください」
「でも、そんな大切なものあんな奴らに渡していいんですか?」
 マイ子の問いにリザは表情を強張らせる。その裏に隠された決意に誰よりも早く気づいたのは、レイコだった。
「あなた、自分から壊れるつもり?」
 リザの肩が小さく震える。
「レ、レイコはん、そんな自分を壊すなんて、家電にはそんなことできませんよ。ね、リザはん、そうでしょ、ね?」
「そうだよ!レイコねえちゃん!ぼくたちにそんな力はないよ!」
「いいえ、私には分かるの。だってこのなかで同じ方法で自分を壊せるのは私とリザだけだから。あなた、扉を開いたまま倒れるつもりでしょ?」
「……仕方ないじゃない。このチップ、しっかり固定されていて、もう取れないの。でも私が全身の力を込めて倒れたらキズぐらい入るはずよ。そうしたらもうチップは使いものにはならないわ」
「そのためには自分が犠牲になってもいいって?笑わせるわね。あなたのミチルさんへの思いはそんなもんだったんだ!」
 レイコはあえてリザを挑発した。ミチルさんのために壊れたくない。そう考え直してくれるなら、自分は憎まれても良かったのだ。けれどそんな思惑に反して、リザはレイコに向かって寂しげに微笑む。
「だけど、私は……予備だから」

 ああ。
 私だけじゃなかったんだ。
 自分が本当にミチルさんにとって必要なのか。
 この子だって、ずっと不安だったんだ。
 なのに、どうして。
 私は分かってあげようとしなかったんだろう。

 レイコははじめて心から、これまでの自分を後悔した。思わずリザに駆け寄ると、そっと耳もとでささやく。
「いい?本当のことを教えてあげる。私の冷凍室サイズだと、あのアイス・ケーキはどんなに頑張っても入らなかったの」
 リザは目を丸くし、しばらくレイコと見つめ合った。
「……ぶっ」
「…ふふ」
「「あはははははは!」」
 レイコとリザは互いを抱きしめ合い、笑い転げた。ホッとしたのか思わず涙が滲み出てくる。それを拭うと、レイコは家電たちに呼びかけた。

「さあ、みんなで帰ろう。私たちは全員、ミチルさんのために生まれてきたんだから」

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

         

新着情報

  • 2017.04.05

    ゴールデンウィーク中のお届日指定につきまして

    4月27日~5月7日にいただきましたご注文については、最短で12日後のお届けとなります。

    ご不便をおかけしますが、予めご了承の上でご注文いただきますようお願い致します。

一覧を見る