「最近、家電たちの様子がおかしいんだが。」第五話

平穏なマイホームはどこにいってしまったんだろうか?

最近、家電たちが人間に抵抗しだしたんだが。

「……作戦は以上です。みなさん、なにか質問はありませんか?」
 家電たちの中で一番、計算の強いマイ子が円陣の中心で作戦を告げると、レイコはごくりと喉を鳴らした。あの忌々しい悪党たちに反撃をする時間が迫っているのだ。
「僕、大丈夫かなあ」
「せん太殿ぉ!なにを弱気なことを言っているのでありまスか!せん太殿は本作戦の要でありますぞォ!」
 ハッパをかけるソージくんの声も、いささか震えている。本当はどの家電たちも不安でいっぱいだったのだ。なにせ、人間に逆らうなんて、これまで一度もやったことがない。
「みんなで家に帰るんだもん。ね、がんばろう」
 レイコの励ましを噛みしめるよう家電たちは頷いた。ようやく今まで通り、いや、今まで以上に互いを認め合えた家電たちにとって、“みんなで帰る”は心を奮い立たせる合言葉になっていたのだ。
「みなさん!足音が聞こえますわよ!」
 ヨネねえさんの声で倉庫のなかに緊張が走る。
「さあ、みなさん準備を!」
 電光石火のごとく、家電たちはそれぞれの所定の位置へ向かった。いよいよ家電対人間の、一世一代の大勝負がはじまるのだ。
「キヒヒ!はやく次の家電を持ってかないと、まぁたボスにどやされちゃうもんね!」
 ニタニタと不愉快な笑みを浮かべながら坊主頭の男が倉庫の扉を開けた、そのとき。
「ブシャアアアアアアアア!!」
「うひゃああ!あちぃいいっ!」
 ヨネねえさんが最大の出力で熱々の蒸気を男の顔めがけて吹き上げた。思わず目をつむり、後ずさる男の右手を、これまた1200wで加熱しておいたブンちゃんが思いっきり噛み付く。
「うぎゃあああああ!!」
 今度は前のめりに倒れこむ男。それを待ち構えていた、せん太くん。頭からすっぽりと男を飲み込むと、洗濯槽を勢い良く回す。
「あたっ、たっ!ひぃい、助けてくれぇええ!」
 フラフラとせん太くんから這い出したところで、マイ子が扉に力を込めてビンタする。
「あぶっ!」
 ついに男は仰向けに倒れこんだ。しかし、これで終わりではない。最後の仕上げとして、延長パイプを先端に取り付けた隙間モードのソージくんが男の耳元ににじり寄った。
「ちょっとアータ。家電をいたぶるなんて、酷いんじゃないのぉ〜?家電はね、怒らせたら怖いのよぉ〜。アータが壊した家電分、あたしがとっちめてやるんだからっ!あら?ちょっと、ヤだぁ〜!よく見たらアータ、結構イケてる顔してるじゃなぁい?その坊主頭なんて、あたし結構タイプよぉ〜」
「あの、一応、確認なんですけど…」
 リザがこっそり耳打ちすると、遠い目をしてソージくんを眺めていたマイ子が静かに頷いた。
「ええ。ソージくんの最後のモードはオネエです。ソージくんに関しては攻撃より口撃の方がよっぽど破壊力がありますから…」
「ちょっとアータ!いいじゃない、チューぐらい減るもんじゃないじゃないの!こらっ、逃げるんじゃないわよ!ちょっと、待ちなさいよぉおお!」
「やめてぇ!吸わないでぇええ!!」
「…そうですね。あれは知らなくて良いなら、それに越したことはないですね」
 生き生きと男をいたぶるソージくんを見るうち、リザもマイ子同様に遠い目になっていった。

「なっ、なんなんだもんね!家電のお化けなのねぇっ!」
 なんとかソージくんから抜け出した男は、涙目で倉庫から飛び出していった。
「やったぁ!」
「作戦通りいきましたわね!」
 ハイタッチして喜びを分かち合う家電たち。けれど、マイ子だけは冷静さを失っていなかった。
「みなさん、気を引き締めて。敵はもう一人います。次は必ず、黒幕の方がやって来るはずです。レイコさん、リザさん、今度はお二人の出番です」

 マイ子の読み通りだった。倉庫を逃げ出した坊主頭の男はボスのもとへ泣きついていたのだ。
「ボスゥ〜!おいら、もうこんなおかしな仕事イヤだもんね!さっさと撤収するもんね!」
「馬鹿野郎っ!」
 ドスの効いた声が倉庫にこだまする。
「家電のお化けだぁ?それこそ、あのマイクロチップの中身の証明じゃねえか!ノコノコ帰ってきやがって、このウスノロめっ!」
 坊主頭の男を尻から蹴飛ばすと、ボスは倉庫へ足を進めた。
「チップのついでに動く家電を捕まえるぞ!オラ!とっととついて来い!」
「そんなぁ〜。ボスゥ〜、おいら行きたくないもんねぇ!」
「ゴタゴタ言ってると、家電より酷い目に合わせるぞ?!」
 二人がそんなやり取りをしている間、家電たちは次の作戦のフォーメションを整えていた。通路を挟みリザと向かい合わせに立つレイコ。目が合うと、お互い自然にコクリと頷いた。
(大丈夫、きっと、上手くいく。家に帰ったら、みんなでまた一緒にミチルさんと暮らそう)
 祈るようにレイコは心のなかでつぶやいた。きっとリザも同じことを考えているのだろう。
 ドスドスと怒りを乗せた足音が聞こえてくる。さあ、第二ラウンドのはじまりだ。

 バンっ!と勢いよく開けられたドアに反して、倉庫にはしばらく誰も入ってくる気配がなかった。敵もこちらの出方を警戒しているのだろう。ほどなく「そんなぁ〜」と、情けない声と共に、再び坊主頭の男が倒れこんできた。どうやら偵察の捨て駒としてボスに突き飛ばされたのだろう。しかし、先ほどの攻撃がよほど堪えたのか、男はガクガクと震え、一向に立ち上がろうとしない。その様子を家電たちは固唾を飲んで見つめていた。
「オイ!なにも起こらねえじゃないか!さっきのはハッタリじゃないだろうなぁ?」
「ひぃぃ!おいらウソなんて言わないもんねぇ!その証拠に顔と手に火傷の跡があるもんねえ!」
「チッ!だったら、その動く家電がどれか、はやく調べろ!」
「ひぃぃぃ…」
 こわごわと腰をかがめながら、坊主頭の男は家電たちをそっと調べだす。男に触れられるのは不愉快だったが、みんな、じっと堪えて我慢した。今回のターゲットはこいつじゃない。
「ボスぅ〜。どれがどれだか、おいら分からなくなっちゃったもんねぇ〜」
「ええい!この役立たずっ!」
 坊主頭の男に任せるのを諦めたボスが倉庫のなかへ侵入してきた。一歩、二歩、三歩…。
(((いまだ!)))
 家電たちは目で合図を送り合う。すかさず、ソージくんがノズルをボスの足元へ忍ばせた。
「うっ」
 つまずいた瞬間、今度はせん太くんが前に出る。
「ひっ、ひっ、ひっ、うえぇええええん!!!」
 渾身の涙で、男たちを水びたしにすると、いよいよレイコとリザの出番だ。
「「せーのっ!」」
 バンッ!と扉を開けると、息も凍るような冷気を悪党どもに浴びせかける。二台の力で氷漬けにするのだ。
「うひゃあああ!火傷の次は凍傷だもんねぇ!」
「くそったれぇええ!」
 冷気の出処を睨みつけるボス。その眼光の先には、リザが、扉を開いたリザがいた。そして、リザの扉の金具についた、キラリと光るチップをその視線は捕らえてしまったのだ。
「ふっ。ふははははははははは!」
 不敵な高笑いとともに駈けると、ボスは胸ポケットから小型のマシンを取り出す。そして、それをもう一つの冷気の出処、レイコに思いっきり押し付けた。

 ビビビビビビビビビ!!!!
「きゃああ!!!」
 突然襲ってきた電圧に、レイコは意識を失った。
「レイコ!」
「おっと、これまでだ。それ以上、動いてみろ。今度は回路を焼き切る電圧をこいつに流すからな!」
 駆け寄ろうとするリザにスタンガンを見せつけながら、ボスは唇をぐにゃりと歪めた。これがこの男の最高の笑顔なのだ。
「おい、あいつを運べ!」
 指示に合わせ、坊主頭の男がリザを担ぎ上げる。
「レイコ!レイコォ!!!」
「ジタバタするんじゃないもんね!抵抗するとあの冷蔵庫、ホントに壊してやるもんね!」
「ほら、見てみろ、家電なんかが人間に勝てるわきゃねえんだよ。お前がグズだからナメられてんだ!」
「キヒヒ。やっぱボスはスゴイもんね!でも、他の家電は仕留めなくていいもんね?」
「バーカ。上手く手なずければ、金持ち相手に売れるかもしれないだろ。ま、それもまず、チップを回収してからだ」
「キヒヒ!ボスは抜け目がないもんね!」
 上機嫌でふたりが倉庫を出ると、残された家電たちは気絶するレイコのもとへ駆け寄った。

「う…うぅ…」
 レイコがゆっくり瞼を開けると、そこには不安そうな顔の家電たちが揃っていた。すっかり泣いているせん太くん、いつものお喋りが潜んでしまったソージくん、レイコに故障がないか必死に調べるマイ子、その後ろで怯えてしまっているブンちゃん、ブンちゃんの頭を撫でるヨネねえさん。
(よかった、みんな無事だっ…)
 レイコはガバリと起き上がり大声で尋ねる。
「リザは?リザはどうしたの?!」
 静かに首を振る家電たちの表情からすべてを悟ると、レイコはまだ痺れる体を引きずりながら倉庫の扉へ歩を進めた。
「レイコ、むちゃだよ…まだ休んでなきゃ…」
「そうであります。本当に壊れてしまうでありますよ…」
「ダメ!リザを助けなきゃ!」
 レイコの覇気に一瞬おされたが、家電たちは哀しげにつぶやいた。
「レイコはん、助けるって、どうするおつもりですか?私たち自分の力を全部使っても人間に勝てなかったんですよ?」
「レイコ、ごめんなさい…。私もあれ以上の作戦は思いつかないの…」
「それでも私は行くわ!」
 まっすぐ前を見据えるレイコに、もう迷いはなかった。
「私たちは家族なのよ!!」

「……ぉーぃ」
 突然、見知らぬ声が響いた。家電たちは驚き、あたりを見渡す。
「おーい、こっちだぁ。縄を外してくれぇえ」
 恐る恐る、倉庫の奥へ進む。そこには、配送倉庫で坊主頭の男に追われていた、もう一人の男が縛られていた。
 新しい人間の存在に思わず身を固める家電たち。しかし男の次のセリフは、これまで以上、家電たちに衝撃を走らせた。

「さっきから聞こえてるんだよぉ。その声は、冷蔵庫、キミだろぉ?」

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。