「最近、家電たちの様子がおかしいんだが。」最終話

平穏なマイホームはどこにいってしまったんだろうか?

これから、家電たちと生きていくんだが。

 人間に動くところを見られてはいけない。
 それは家電たちにとって大切なルールだった。この工場に連れて来られるまで、だれもがそれを頑なに守ってきたはずだ。なのに。どうして、この男は家電たちの存在を知っているのか。みなが表情をこわばらせるなか、レイコだけは迷わず声を上げた。
「お願い!私たちの家族を助けて!!」
「家族?一体、どういうことだい?」
「リザが、冷凍庫のリザが、マイクロチップを狙ってる男たちにさらわれたの!」
 男が状況を理解するには、それだけで十分だった。
「ああ…なんということだ。かわいそうに、私が巻き込んでしまったんだ。分かった、キミの家族を助けよう」
 その言葉に背中を押され、レイコは男を縛る縄に手を伸ばす。
「待って、レイコ!そいつも悪い奴だったらどうするんだい?!」
「そうだよレイコねえちゃん!ぼくたち、バラバラにされちゃうかもしれないんだよっ?」
 家電たちはいっせいに制止したが、しかし、レイコの決意は変わることなかった。
「リザが助かる可能性がひとつでもあるなら、私はそれに賭けるわ!みんなでミチルさんの家に帰る。そうでしょ?」
「それは、そうだけど…」
 不安をぬぐいきれない家電たちに、男は穏やかに語りかけた。
「安心しなさい。キミたちが話せることも、動けることも、そしてそれが人間に内緒ということも。私は全部知っている。なにせ、キミたちを開発したのは、この私なんだからね」
「「「ええっ!」」」」
 男は照れ臭そうに笑いながら、さらに言葉をつづける。
「まぁ、言うなれば、キミたち全員のパパ。といったところかな」
「そんな、いきなりパパだなんて。私あなたのことなんてちっとも覚えてないわよ!」
 長いこと捕まっていたせいか、伸び放題の無精髭に、やつれた頬。くたびれきった男と比べ、ミチルさんのなんと素敵なことか。レイコは落胆を隠しきれなかった。
「ああ、キミたちはちゃんと大切にされてきたんだね。幸せな家電は、持ち主のいる場所が家になる。すると、どこで生まれたかなんて忘れてしまうものなんだよ」
「なんだか都合のいい話に聞こえるけど…」
「パパとしては嬉しい限りだよ。もちろん、すこし寂しいけれど、ね。それよりいいのかい?こんなに話し込んでしまって」
「いけない!お願い、リザを、私の妹を助けて!!」
 縄をほどこうと伸ばす手は、今度は、レイコひとりではなかった。

「チクショウ!この野郎!さっさと開けやがれ!」
「キヒヒ、ボス、こいつビクともしないもんね!」
 悪党どもに連れ去られたリザは独り、必死の抵抗をつづけていた。回路が焼き切れてしまいそうなほど全身の力を振り絞り、扉を硬く閉ざす。このまま体をショートさせれば、埋め込まれたマイクロチップも壊せるだろう。それまで、他の家電たちにはなんとか逃げ出してほしい。
(レイコ…私…がんばるから……)
「キヒヒ、おいらこれ以上の力は出せないもんね!」
「こうなったら…」
 リザの覚悟を踏みにじるよう、ボスの眼光は冷たく光った。

「…ダメです、とても足りません!」
 地面に数式を書きながら、マイ子は悲痛な声を上げた。
「大丈夫。私の計算を信じなさい」
「だって、この広い工場に対して、私たちは6台しかいないんですよ!」
 しかし、リザ救出作戦の発案者であるパパは余裕の表情を崩さなかった。
「なにも家に帰りたいのは、キミたちだけじゃないだろう?」
 その意味に気づき、マイ子は瞳を輝かせた。

「おい、ドリルと電ノコを持ってこい」
 ボスの冷淡な声が倉庫に響く。
「キヒヒ、壊しちゃうんですか。せっかく動く家電を捕まえたのに、もったいないもんね」
「馬鹿野郎。こういうときはどっちが得か考えるんだよ。それに、こいつ1台壊したところで、動く家電はまだ残ってるだろうが」
(私…ここでおしまい…なの……?)
 自滅のショートさえ辞さない覚悟だったリザだったが、いざ壊されるとなると体の震えを抑えることができなかった。
 喧嘩ばかりしてしまったレイコ。
 個性的な家電たち。
 自分を見て喜んでくれたミチルさん。
 本当はもっともっと楽しい日々を過ごせたはずなのに。
(…イヤだ)
 これまで、自分をサブの存在と思うあまり、どこか投げやりになっていた。自分はいつでも壊れていいと思っていた。そんなリザにとって初めての感情が湧きあがってきたのだ。
(私、壊れたくない!私、生きたい!もっと、みんなと生きていきたい!!)
 リザの心の叫び虚しく、坊主頭の男が、ボスにドリルを手渡した。

「みなのもの!起きるのであります!拙者につづくのであります!」
 リザの死が迫るその頃、ミチル家の家電たちは倉庫のなかを駆けずりながら、息をひそめる他の家電たちを説得して回っていた。
「みんなお願いだから、起きてよぉ〜。うえ〜ん!」
「さあ、固まっている時間はおしまいですわよ!」
 しかし、どの家電たちも眉をひそめるばかり。
「…期待を持たすことはやめてくれないか」
 1台の電子レンジが迷惑そうに声をあげた。
「我々は何台もの家電の悲鳴をずっと聞いてきたんだ。助けることもできずに、だ。ついさっき来たばかりのあんたたちには、この絶望はとても分からないだろう。ここに連れて来られたが最後。もう、我々は壊されるしかないんだよ」
「あなたにはもう一度会いたい人はいないの?!」
 レイコの声が響く。
「私にはいるわ!私はミチルさんのために生まれてきたんだもの!失敗するかもしれないし、壊されるかもしれない。だけど!持ち主のために頑張るのが家電じゃない!壊れる最後の最後まで、私は家電としての誇りを捨てないわっ!!!」
 倉庫のなかは水を打ったように静まり返る。けれどいま、すべての家電の心に、帰りたい家の、会いたい人が蘇っていた。
「…あの」
 か細い声とともに倉庫の奥から掃除機がひょこひょこと歩み寄ってきた。
「私の力、使ってください」
 その言葉をきっかけに、すべての家電がレイコのもとへ集まった。

 脳天をつんざく不快な音を立て、ドリルが回転をはじめる。
「家電の分際で人間に逆らうから、こういう目に合うんだよ。ま、いまさら後悔しても遅いけどな」
 目前に迫るドリルに目を背けながら、リザはひと雫、涙をこぼした。
(みんな…レイコ…ミチルさん……ごめんなさい、私ここでおしま………)

「「「いまだ!!」」」

 ミチル家の家電たちの声に合わせ、すべての家電が一斉に動きだす。それは工場の許容できる電圧をはるかに超え、そして。
 バチイイイイン!!と激しい音とともにブレーカーが落ちた。

 突然の暗闇。さすがの悪党どもも予想していなかった事態にひるみ、そこからはあっという間だった。冷蔵庫はじめ重量級の家電で押しつぶすと、掃除機部隊が手際よく縄で縛りつける。すっかり伸びてしまった二人を囲み、家電たちは喜びを交わした。
「リザ!!」
「みんな!助けにきてくれたのね!」
 互いを強く抱きしめ合うミチル家の家電たち。ようやく、いま、すべて終わったのだ。
「いやあ結局、私は大して役に立てなかったな」
 そう言いながらも満足げに、パパは無精髭を撫でた。
「レイコ、すべてキミのおかげだ。ありがとう。キミの家電としての誇り、素晴らしかったよ。キミのパパになれて、私は本当に幸せだ」
「ええ。これからも壊れるまで、私は生きてみせるわ」
「そう、人間も家電も、動かなくなるその日まで、精一杯生きてみようじゃないか。さあ、後始末は人間の仕事だ。キミたちは家に帰るといい」
「そうしたいのは山々ですけど…どうやって?私たち歩いて帰るわけにはいきませんでしょ?」
 ヨネねえさんの言葉にパパは頷く。
「持つべきものはツテとコネクション、ってね」
 そういうと悪党どものポケットから携帯電話を取り出した。
「…ああ、いつもどうも。ちょっと迅速にお願いしたい仕事がありましてね。ええ、とびっきり大切な荷物なんですよ」
 電話を切ってわずか数分。一体どんな魔法なのか1台のトラックが工場に現れた。
「まったく、うちの時間指定はぴったりが売りとは言え、こんなムチャは勘弁してくださいよ!」
(…あら、あの人!)
 レイコはそっとリザに耳打ちした。
(あなたを運んできた宅配便屋さんじゃない!)

 今日こそ、家電たちがどうなったか問い合わせなくては。憂鬱な気持ちを引きづりながらベッドから抜け出すと、ミチルはのろのろとカーテンを開いた。
「…あ!」
 やっぱあんな怪しい会社に任せるんじゃなかった。そうボヤきながらも、ミチルの心は一気に晴れ渡る。
 ミチルが気に入り、レイコが駆けてみたいと憧れた公園。そこに、ミチル家の家電たちが揃えられていた。

「レイコ、ミチルさん独りで僕たちのこと運べるかなぁ」
「うーん、まぁ、ミチルさんならどうにかするわよ」
「ふふふ…拙者のような身軽な存在なら、間違いなく運んでもらえるであります!」
「ぼくも!ぼくも!」
「うーん、私は見た目より重いから厳しいかも知れませんね」
「でもやっぱレイコが一番大変だろうなあ」
「なによ!ここまで来て家に帰れないっていうの?!」
「…レイコ、いままでありがとう」
「ちょっとリザ!待ちなさいよ!誰があなたを助けたと思ってるの?!」
「ふふふ。あ、ミチルさんが来たわよ」
「絶対、運んでもらうんだから。だって私は……」

「「「「「「ミチルさんの家で、一番偉い家電なんだから」」」」」」

 どうやらミチル家に平穏なマイホームは戻って来ないようだが、けれど、そこには最高に幸せな日々が待っていた。

おしまい

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。