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「隣人は、家電好き。」第三話

「七面鳥が焼ける頃には」

 世間がクリスマス一色に染まってから二ヶ月、カレンダーがマーケティングにやっとおいついた。きょうは、クリスマスイブ。それにしても、いつからだろう?あらゆる行事が前倒しされ始めたのは。おそらく、明後日にはお正月がはじまり、七草が終わる頃にはコンビニに恵方巻きのPOPが出現し、あまり変わらないタイミングで雛あられが店頭に並び始めたりする。マーケティング大国ニッポン。おかげさまで、バレンタインとかクリスマスとか、ボッチの肩身は狭くなるばかり。ただでさえ、梅雨に隣人さんに彼女がいることが発覚→そのショックから立ち直れず夏休みはほぼ引きこもり状態→秋になっても傷は癒えずヤケ合コン→カレシ候補すら見つからず12月突入→イブなのに女子会(イマココ)。という独り身スパイラルに陥っていて自己嫌悪だというのに。
 嗚呼、それにしても未だに信じられない。ほぼ半年くらい経つけど信じられない。まさか、隣人さんに彼女がいたなんて。失礼だけど、だって黒に金ラインのジャージだよ。顔だってこう言っちゃ何だけど、偏差値40くらいよ。おまけに無愛想でぶっきらぼう。家電にはメッチャ詳しくて、何かトラブルが起こった時は頼りになるけど、そんな事ぶっちゃけ年間でそんなにないわよ!でもわたしは、そんな隣人さんのことが、好きになっちゃったんだ。そして、隣人さんには彼女がいるんだ。もう諦めなきゃ。半年ほど繰り返してきた自問自答をひととおり終え、わたしはクリスマス女子会に向かった。
 土曜の情報番組で取り上げられていたカフェで、値段を気にしながらそれを悟られないようにワインとかを飲み、女子だけの方がラクでいいよね〜今度温泉とか行こうよ?なんて社交辞令トークをしながら、セルフィーでそれぞれ写真を撮ってはSNSへアップする。いまこの瞬間、何テラぐらいのデータが行き交ってるのかな。っていうか、虚しすぎる。みんな何のためにタイムラインを埋めるのだろう。
「ごめん、先帰るね」
 寂しすぎて耐えられなかった。もうマーケティングに乗るのはやめよう。イブだからなんだって言うのだ。ひとりでいい。ひとりがいい。帰ろう。隣人さんの隣の部屋へ…。
 帰り際、キャンペーンなんで、と抽選をさせられた。あまり気乗りはしなかったけど、ああお兄さんもイブにバイトなのね、と思ったら無視できなかった。ところがいざ引いてみると、なんとまさかの大当たり!ウソ、マジ!?やったー♪捨てる神あれば拾う神ありね。数秒前に誓った反マーケティングなんて頭の中でCtrl+Z。
「お兄さん、わたし何が当たったの!?」
 意気揚々と戦利品の内容を確かめる。
「なんとなんと、まるまる太った超高級“七面鳥”でございます〜!おめでとうございます〜!!」
 は?し、七面鳥?いやいやいや、これから帰るし、帰ってもひとりだし、っていうか調理したことないし…。そもそも、これから電車で帰る人に七面鳥を持って帰らせるって正気?しかもイブに。それって売り残りそうなものを有効活用しようってアイデア?マーケティングに乗っかった自分を悔やむ。
 そして、コイツをどうするのかも、これからひとりで向かえるイブの過ごし方も決まらないまま、マンションに到着。閉まりかけのエレベーターに飛び乗る。
「すみません!」
と先に乗っていた人に謝ると、なんとそれは隣人さん。
「…」
 当然返事なし。っていうか、イブなのにデートは?もう終わったの?でもまだ20時前よ?いろんな疑問符とモヤモヤで一瞬にして頭がいっぱいになる。はぁ〜、よりによって今日会わなくても…。たかだか5階に上がるだけなのに、今日はやたらと長く感じる。気まずい雰囲気に耐えられなくなり、しかたなく声をかける。
「デートの帰りですか?」
「…」
「それともいま仕事帰りで、これからデートだったりして?」
「…」
「あっ、イブとか恵方巻きとかには乗らない、反マーケティング派!」
「…」
 まるで、壁打ちひとりテニス。暖簾に腕押し。糠に釘。一切の反応がない。家電以外の話ができないのか、わたしに興味がないのか。どっちだかサッパリ検討つかないけど、もういいや。いろんなことを諦めた瞬間、エレベーターのモーターの音にも負けそうな声で隣人さんが声を発した。
「…七面鳥、電子レンジ」
「はい?どういうことですか?」
「…七面鳥、電子レンジ」
 わたしの質問に、まさかのオウム返し。途方にくれて、わたしの視線は、七面鳥と隣人さんの間を行ったり来たり。
 5階に着いた合図とともにドアが開き、しかたなくエレベーターを降りると、予想外のまさかの展開。隣人さん、わたしの手から七面鳥を奪い取り、さっさと自分の部屋へ!
「え…」
 電子レンジの意味も理解できないし、なんで七面鳥を持って行かれたのかもわからないまま、あっけに取られ固まっていると、踵を返してこちらに向かってきた。
「…入って」
 えっ?わたしに言ってる?部屋に入れって言ってるの?ウソ、いいの?あれ?でも彼女がいるって?それにきょうイブ…。サッパリ状況が飲み込めないまま今度はわたしが隣人さんのように黙っていると、なんと強引に腕を捕まれ、そのまま部屋に連れ込まれた!
 何が起こったのか、これから何が起こるのか、自分の頭を整理し、正常に行動するべく、なんとか質問をくりだした。
「ひょっとして、さっきの“七面鳥、電子レンジ”って、電子レンジで七面鳥焼けるってことですか?」
 あっ、聞いちゃった。家電のことを聞いちゃった。案の定、イブの夜でも関係なく、別人さん降臨。
「ああ、その通りだ。庫内に入るサイズなら、余裕で焼けるよ。予熱はそうだな、220度くらいかな。でもコイツ、まだ冷たいみたいだから、予熱もなしでいけるよ。七面鳥とか焼く場合、室温に1時間置いて常温に戻すと美味しく焼けるんだけど、予熱なしのオーブンにほうりこんで15分くらい余分に焼けば同じように美味しく焼けるから。予熱していないオーブンはゆっくり加熱するからね。時間的にはこっちのがむしろ効率的だよ」
 ものすごい勢いでしゃべりながらも、自分はとっととエプロンを腰に巻き、調理にとりかかっている。それも、ものすごい手慣れた手つきで。キッチンをよく見ると、ものすごい種類の調味料やいろんな種類のフライパンや鍋がある。彼女の趣味か、隣人さんの趣味か。
「ひょっとして、お料理、お好きなんですか?」
「…」
 家電のことじゃないから答えてくれない…。でも、明らかに手つきがプロ。下処理なんかとっくに終わり、どうやら七面鳥のお腹の中に、ハーブやらじゃがいもやらをつめている。質問の切り口を変えてみよう。
「電子レンジなんかで中までちゃんと火通ります?」
 家電を絡めて質問してみたら、狙い通り、スイッチオン。
「電子レンジでもちゃんと計算して焼けば、全然ノープロブレム。15分×4って覚えるといいよ。まず、どっちかのもも肉部分を下にして15分。取り出して、次に反対のもも肉部分を下に。この時、下に溜まってる脂を回しかけると皮がパリッとするから忘れるな。で、15分焼いたら、今度は胸肉部分を上にして15分。この時も脂を回しかけて。で、最後は取り出した七面鳥を胸肉部分を下にして休ませる。こうすることで熱が全体に回るのと、脂分が胸肉部分に落ちてきてよりしっとり仕上がるから。な、カンタンだろ」
 す、スゲェよ隣人さん。どっかのレシピアプリも顔負けの説明。まるで、シェフ。あなたは家電に詳しいシェフなの?料理に詳しい家電量販店スタッフなの?ますます謎の隣人さん。よく見ると、ワインクーラーなんかもある。黒ジャージに金ラインのくせにワイン?彼女の趣味か。隣人さんの趣味か。ここまで来たら、なんでも聞ける。
「ワインたくさんありますね、お好きなんですか?」
「…」
 そうだそうだ、家電に絡めて聞かないと反応ないんだった。そにしてもキャラが徹底してるわ。
「ワインクーラーがあるなんて、スゴイですね。お好きなんですか?」
「それは、イエ飲みワインクーラーって売り出してるリーズナブルなやつね。この4本入りで2万切る。オレたちが飲むような数百円〜3千円くらいのイエ飲みワインは、保管はあまり気にしなくてよくて、それよりも飲み頃の温度まで冷やすことがポイントなんだ」
「冷やす?でも、赤ワインは常温が美味しいって聞いたことあるような」
「やれやれ、これだから素人は。常温っていってもそれは、つくられた場所の常温であって、けっして置いてある場所の“室温”じゃない。だから銘柄によって変わってくるけど、ボルドーだったら16〜18℃、ローヌは14〜16℃、ブルゴーニュはズバリ16℃っていうのが目安かな。で、冷蔵庫はキンキンに冷やす専門だから、こんな微妙な温度にはできない。そこでこいつの出番ってわけ。適温で飲めばいつものワインもグッと美味しくなる。もともと美味しい高いワンよりも、実は安いワインの方がよりワインクーラーが必要ってわけよ。わかる?あんただって高いワインなんか買えないだろ?覚えておいて、損はない」
 くっ、最後のひと言がなければ、素直に感激するのに。隣人さんは、ほんのりいつもいじわるさん。でもわたしはダメ兵士で、隣人さんは鬼軍曹。身体が勝手に反応しちゃう。
「はいっ!とてもわかりやすい説明でした!!」
 思わず敬礼。
「論より証拠。好きなの開けなよ」
「えっ、いいんですか?」
「ああ、なんでもいいよ」
 七面鳥にワイン、しかも相手は隣人さん。ここ半年のバッドスパイラルを帳消しにするような、急展開に、わたしはドキドキしていた。
「じゃあ、遠慮なくいただきます♪オススメとかあります?」
「そうだな、鳥と合わせるなら一番上のがいいかな」
 隣人さんのアドバイスに素直に従い、テーブルにあったコルク抜きで抜栓。ところがこれがなかなか抜けない。すると、焼き上がった七面鳥をテーブルに運ぶ流れで、スマートにわたしからワインを取り上げ、スーッと栓を開けてくれた。
「コルク抜くの、女の子にはちょっと力要るよね」
 出た!アメとムチのアメ攻撃。あんなにキツイ言葉を連発してたのに、サラッとやさしさを挟んでくる。隣人さんの思う壺。ワインをいただく前からすでに顔が赤いわたし。
「さて、食べるか。メリクリ」
「あっ、メ、メリークリスマスです」
 ぎこちない乾杯から実食。美味い!メッチャ美味い!!クリスマス女子会のあの店なんかより遥かに美味い。なんなの隣人さんのその腕前。それにワインも確かに美味しい。1,000円とは思えない。まあそんなに高いワインの味もわからないけどね。
「七面鳥、美味しいです!まるでお店で食べるみたいっ!それにワインも!1,000円なんて信じられない」
 ありのままの感動を、わたしなりに拙い言葉で一生懸命伝えた。ところが、隣人さんの様子がおかしい。まだワインを一杯しか飲んでないのに、すでに目がとろ〜んとしている。何?ウソでしょ?あんなにかっこ良くワインの適温なんか語っちゃってたのに、まさかお酒弱いの!?
「隣人さん?ちょ、隣人さんってば!?」
「…」
 肩を少し揺すったのが運の尽き。隣人さんは、そのままわたしの方に倒れてきたのだ!なすすべもなく、慌てて持っていたワイングラスをテーブルに置く。なんとその隙に、ちゃっかり膝枕。寝息を立てながら熟睡してしまった…。思わずドギマギしてあたりを見回す。当たり前だけど、わたしたち二人しかいない。部屋の隅っこに、ケータイ会社が売り出している人型ロボットがコチラを見ているような気もしないでもないけど、でも間違いなく、人間はわたしたち二人だけだ。どうしよう、この状況。とりあえず、七面鳥を一切れ口に入れ、おもむろに赤ワインを飲む。七面鳥の脂と適温に冷えたフルボディの味わいが口の中で混ざり合い、まさに至福のマリアージュ。気がつけば、あと15分もすれば、イエス様の誕生日だった。

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。